綾野


今も忘れられない、あの夏の日。

いびつなシミのついた天井、縋るような瞳、蝉の声。
私の首に絡めた手の平に少しずつ少しずつ力が込められていく。

「剛ちゃん」

声帯が震える。この振動は彼に伝わるのだろうか。数度呼びかけても動かなくて。

「      」

彼の言葉は蝉の鳴き声にかき消された。

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「今日そっちに行ってもいいですか…っと。」

「送信完了」の文字を見届けてから、ケータイをバッグにしまった。

親しい相手でもメールだと敬語になってしまうのは何故だろう。
さっきのメールの送信先は一回り年の離れた幼馴染だ。こんなに年が離れていて幼馴染と言っていいものなのか未だに疑問はあるけども、私が生まれた頃からずっとそばにいた人だ。
高校卒業とともにふらりと地元を離れ、いつの間にやら大人気の俳優になってしまった。

〜♪

『わかった。』

簡潔な返答。いつものことだから特に気にしない。
時計を見ると17時すぎ。どうせそんなに早くは帰ってこない。夕飯の買い出しをしていたらちょうどいい頃合いだろう。軽く身支度を済ませて近所のスーパーに向かった。

都内のマンション。両手に抱えた買い物袋を左手にまとめて、右手でマンションの暗証番号を打ち込む。開いた扉からエントランスに入り、ちょうど上階から降りてきたエレベーターに乗り込んだ。階数を押して扉を閉めようとした瞬間、真黒な影が飛び込んできた。

「わ、ご、剛ちゃん!」

影は今日これから会おうとしていた幼馴染だった。帽子にサングラス、ジャケット、パンツ全身漆黒の出で立ち。普通なら不審者みたいな格好だけど、彼の雰囲気に合っている。

「びっくりした…!今日は早かったんだね。」

「まぁ、来るって聞いてたからね。ほら、貸して?」

外したサングラスから除く瞳がやわらかくほほ笑んだ。差し伸ばした彼の手に一つ買い物袋を手渡した。
すると、もう片方の袋も奪い去っていった。「いいのに」と言っても返してくれなかった。

「手羽先…に、コーラ。お…」

袋の中身を軽く確認した彼は嬉しそうに口角を上げた。そう、今日は彼の好物手羽先のコーラ煮を作る。何より時短で済むので助かる。

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