5話
「あのぅ、雲居先輩?何処に向かってるんです?」
「黙って着いて来い。」
それ、状況が違ったらときめく一言なのにとっても台無しです。
先輩に聞いても教えてくれそうに無いので、ここは助手歴の長い(と言ってもいつからか知らないけど)守屋くんにひそひそ耳打ちして聞いてみることにする。
「多分テレビ局だと思う」
「テレビ局ぅ?!それと料理がどう関係すんの?」
「口で説明するより見た方が早いよ」
あ、守屋にも遠回しに黙って着いて来いと言われてしまった。
何なのだ。
というか雲居先輩は何者なの?
…まぁ、それも着いて行けば分かるか。
黙って着いて行こう。そうしよう。
「て、テレビ局…、初めて入るんですけど…」
緊張するわたしを他所に雲居先輩はさっさっと局の中に入っていってしまった。
守屋も苦笑いだ。
仕事だと言っていたけどこんな所に来て一体何するんだろう…?
「雲居さーん!次は是非うちをよろしくお願いしますよ!」
「雲居さん!今度は是非うちにしてください!」
局に入るなりすごい人気だ。
次は是非うちをいやうちだ。先に話をしたのはこっちだ。と引っ張り凧にも関わらず当の本人は耳を貸す様子すらない。
ん?この人、料理人って事で間違ってないんだよね?
「すごい人気だねぇ…。確認だけど彼、ここに料理作りに来たんだよね?」
「僕も最初は戸惑ったよ」
「…へえ。」
今日の先輩の仕事は、芸能人に料理を作る事。
そんな事他の料理人でも出来そうだけど、彼でないといけない理由がある。
それが、料理で体調を整える事が出来るから。
守屋が言った通りだった。
更に彼には人並外れた能力がもう一つあって、食べる人の血を舐めるとその人の体調が分かるんだそうな。
血を診る事でメニューを決めるという…これまた人並外れたものである。
料理の腕も並外れていた。もうどうして食専に通っているのか分からないレベル。
間近で雲居先輩が料理する所を見て、本当に凄い人だと言うのは分かった。
だけど…
「今日の仕事はこれで終いや。」
「え、もうですか?今日は少ないですね」
「え?5件が少ないの?いつもどのくらいあんの?」
あの後も色んな所をハシゴした。
芸能人やらスポーツ選手、政治家などなど…
様々な症状に合った料理を雲居先輩は作ってみせ、食べた側も納得していた。
だけど…
「雲居先輩。料理作ってて楽しいですか?」
「あ?」
本当に疑問に思った事だった。
今日彼の仕事を目の当たりにして、彼は“料理”とは別の何かを見据えているように思えた。
現在手にかける“料理”自体は何も見ていないように見えたから…
「柏娘。どういう意味やそれ。」
「いえ、楽しんで料理を作ってるようには見えんかったんです。」
だって、守屋はあんなに楽しそうに料理を作る。
へったくそなオムレツだったけど、楽しんで料理を作ってた。
「“料理を楽しんで作る”?そんなもんどーだってええ。」
「じゃあ、料理人の本分って何やと思います?」
「お前もこいつと似たような考えなんか。」
そう言って雲居先輩は親指で守屋を指した。
なるほど…、守屋自身も彼の“料理”に対して何か感じるところはあるって事か。
「ええか。料理人はこの世で一番偉いんや。人間食わな生きていかれへんからな。」
「…一理ありますね。」
「一理もクソもない。それが全てや。」
「理解はしましたけど、納得は出来へんわ。それ。」
「…喧嘩売っとんのかそれは」
「食べてくれる人が居って始めて料理って成り立つんですよ?そんな力で捩じ伏せる真似したって権力振りかざす政治家と何も変わりない。」
「言いよるな。」
そう言って睨みを効かす雲居先輩。
後ろでは守屋がこの世の終わりだとまで言いたそうな顔をしている。
怖くないと言ったら嘘になる。が、これでもわたしだって料理人の端くれだ。退けないものだってある。
しばらく睨み合いは続くも、その沈黙を破ったのは他でもない雲居先輩自身だった。
「守屋といいお前といい、…オモシロいわ。」
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