6話


料理って。
作る側も食べる側も元気になるものだと信じてた。
それを教えてくれた人が母の他に居る。

「あ!クロさんやん!」
「ああ、優弥ちゃん。こんにちは。」
「ぼっちゃん元気になった?」
「ええ、和食嫌いも治りました。これも優弥ちゃんのお店のお菓子のお陰です。」
「クロさん!敬語なんて堅苦しいからやめてって言うてるやんかあ!」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。」
「それでええねん!」

それがうちの店によく来てくれていたクロさんだった。
彼は本当に嬉しそうに、楽しそうにお菓子を選ぶ。
いつしかわたしもそんな彼を見るのが嬉しく思えてくるようになって、料理って本当に素敵だなって幼いながらも思った。
わたしも彼のようにあったかい気持ちを忘れない料理人に…
今もその思いは変わらない。
だからこそ、雲居先輩の料理に対する思いに疑問を抱けずにはいられなかったんだと思う。

「なんだか、それって悲しいな…」

誰に向けたでもない言葉が実習室に染みて消えた。
料理に対する思いなんて人それぞれだ。
守屋みたいに心から料理を楽しむ者もいれば、森崎みたいに馬鹿みたいに料理に情熱を注ぐ奴もいる。
逆に、立花みたいに料理に対して否定的な人間もいる事も理解している。
でも…、雲居先輩のは根本から違うような気がする。
いや、本当は彼も料理が大好きな筈だ。
じゃなきゃあんなに料理が上手い筈がない。
ああ、考えたってしょうがないや。
重たい考えを振り払うように調理器具を棚から引っ張り出した。
大好きなお菓子を作れば、きっと暗い考えなんか吹っ飛ぶ!そう思って作業に取り掛かった。
料理作ってる時って幸せになれる。
それは、美味しく出来るかなとか食べた人はどんな顔するかなとか楽しい事を考えて作って嫌な事忘れられるから。
あー、でも…、雲居先輩が笑顔でわたしの料理食べてくれる所なんて想像つかないや。
あーあ、結局料理に集中しても考える事はそこに行き着いてしまってまた考えの堂々巡り。
気付けば凄い数の団子を作り上げていた。

「アホみたいに作ってしまった…。一人じゃ食べきれないわこれ。」

手の中にある大量の団子が入ったタッパーを見つめる。
その団子を一つぱくりまた一つぱくりと口に放りながら廊下を歩いていると、教室で包丁の手入れをする雲居先輩を見つけた。
なんとなくそーっと教室に足を踏み入れ、先輩に声をかける。

「今日はお仕事無いんですね?」
「ああ、今日は入れてへん。」

いつからわたしが教室に入って来た事に気づいていたのか、彼はおどろく素振りを一切見せなかった。
ふと、雲居先輩の手元を見る。
丁寧に、丁寧に研がれていく包丁達。
相当手入れの行き渡ったそれを見て思う。
調理に使う道具をこんなに大事に扱うんだ、料理に愛が無い筈がない。
一体、どこで捻れてしまったのか。
そんな事をボーッと考えながら団子を口にしていたら雲居先輩と目が合った。

「思えばお前は必ず何か菓子、手に持っとるな。」
「あー…、そう言えばそうですね。…作り過ぎちゃったんですけど、どうですか?」

以前も勧めて手も付けてもらえなかった経験があるためダメもとで言ってみたのだが、意外や意外。雲居先輩の手がわたしの持つタッパーに伸びてきて中から一つを攫っていくではないか。
吃驚して雲居先輩を見たら、等の本人は気にする様子もなく口の中に団子を放り込んだ。
なんだか、あれ程の腕を持つ先輩にわたしなんかの料理を食べさせるのが今になって申し訳なくなってしまった。

「…なるほどな。」
「はい?」

団子を咀嚼して先輩はボソリと呟いた。
そのなるほどは一体何に納得したなるほどなのか。

「悪ない。」

ぽかん。
空いた口が塞がらないとはまさにこの事で
後からじわりじわりと嬉しさが湧いてきてにまにまと緩んだ顔になった。
そんなわたしを見て雲居先輩は一言、気色悪…。と零すのだった。


prevnext