8話
「いくらなんでもそれは危険じゃないかなあ〜…」
額に冷や汗をだらだらかく守屋。
それもそうだ。
今現在先輩の所在が掴めない今、彼の寮に忍び込む他方法が無い。
男子寮は、まあ当たり前だが女人禁制だ。破れば処罰が下るらしい。
しかしそんな事で引き下がるわたしじゃない!
「大丈夫だって〜、饅頭渡したらすぐ帰るって!バレなきゃいいんだよバレなきゃ!」
最善の注意を払うさ!もしバレても多分咎められるのは守屋だろうからわたしには関係ない!(ドン!!)
「こ、ここが雲居先輩(と守屋)の部屋…ごくり」
「わああ!見つかる前に早く入ってよ!」
守屋にほぼ押し込められる形で部屋に入れられた。
部屋に入ると眼鏡掛けた先輩がパソコンの前に座っている。画面にはアダルティな映像が…、この人どこまで不器用なんだ。
部屋入って一瞬見えたけど、先輩がパソコンの画面に映してたのはエロサイトなんかじゃなかった。
「男子寮まで押し寄せてくるなんて、変態かお前は。」
「差し入れ持ってきただけですー。…守屋、先輩のベッドは上か?下か?」
「え…」
「おい、柏娘。己の使てるベッド知ってどうする気や」
「え?布団の匂いを嗅ごうかと」
「…最初からかなりぶっ飛んどるのは分かっとったが、ここまでとはな。」
「冗談はさて置き!差し入れです!」
パソコンから背を向けるように座ってこちらを見ていた先輩の前に正座して、饅頭の入ったタッパーを差し出す。
タッパーの蓋を開けると胡麻の香りが部屋に広がった。
「胡麻は万能です。疲れも取れるし、代謝も良くします。先輩で言う陽の食材です。中でも黒ゴマは栄養素が多いんで、効率良く栄養とれるようにすり潰して餡子にしてます。」
雲居先輩は何かと忙しい人だ。
疲労も半端じゃないんじゃないだろうかと思っての事だった。
先輩はタッパーの中身を見つめてこう言った。
「媚びて何になるんや」
やっぱりあの時団子を食べてくれたのは気まぐれだったのだろうか。
褒めたのも気まぐれだったのだろうか。
そうだったとしてもわたしは嬉しかった。嬉しかったんだ。
「媚びとちゃいます。先輩のご機嫌取るために作ってきたんとちゃいます。」
引き下がるものか。ここで引き下がったらわたし今までなんの為にお菓子作ってきたのかわからなくなる。
「料理は気持ちで美味くなるって、先輩信じますか?」
「…阿呆らしいわそんなん」
どうして分かってくれないのだろう。
何が一体彼をそんな風にさせる…?
本当はとても優しい人な筈なのに、一体何が…
「…昔、料理の素晴らしさをわたしに教えてくれた人が居ったんです。母の店の常連さんやった。その人、言うてたもん!食べてくれる人の事考えると幸せになるって…、わたしもそう思って作ってきたんです。相手を思う気持ちの何処が媚びなんですか!?」
感情が昂ぶってほぼ怒鳴りつけるように叫んでしまったが、雲居先輩は何も言わないしわたしを見ない。
あ、なんか…
急にじわっと目頭が熱くなって視界が霞んだ。
「く、雲居先輩なんてカニ食い過ぎて腹壊して死んでまえ!!!」
居た堪れなくなってついそんな暴言を吐いて、部屋を飛び出した。
なんか悪者の捨てゼリフみたいだ…かっこわる…
もう知らんあんなカニ男!!脳みそカニ味噌になってしもたらええわ!!
寮を全速力で走り抜けた。
空気抵抗を受けて、滴が次から次へと後ろへ流れていくし、走り過ぎで空気が足りなくて肺が痛い。
…何が、料理の問題を解決するなら料理かな だ…。
…自信のうなってしもた、なぁ…
酸素の行き渡っていない自分の脳みそは吐き気がする程ネガティブだった。
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ちょっとバカな暴言吐いて出ていったけど、近重さんは間違いなく泣いていた。
すれ違いざま、しっかり見てしまった。
それは目の前にいる雲居先輩にも確実に見えていた筈だった。
見えていた筈なのに、彼は気にするでもなく無意味なエロ本に視線を落とした。
「く、雲居先輩…」
「なんや守屋。何か言いたそうな目しとんな。」
僕の呼び掛けに、彼はゆっくりと視線だけを寄越した。
この視線だけで何人の生徒を殺せるだろうか…
背中を嫌な汗が伝う。
「僕、近重さんがそのお菓子作ってる時一緒に居ました。…食べないなら僕がもらいます。」
そう、彼女がどんな顔をしてこのお菓子を作ったのか僕は知っている。
どれ程雲居先輩を想って作ったのか僕は知っている。
彼女の優しさ 思いやりを食べないというならいっそ僕が食べてしまおう。
そう思って徐に床に置かれたタッパーに手を伸ばす が…
「…誰も食べんとは言ってへんやろ。手付けるなや。」
一瞬何が起こったのか理解できずにいたけれど、じんじんする手の甲に、ああ…雲居先輩に手を叩かれたのか。と遅れて理解した。
何でこうも素直じゃないんだこの人…
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