9話

珍しく今日は遅刻をしなかった。
みんなに物凄くびっくりされたけど、ただ単に朝お菓子作りをしなかっただけ。
そんな気分じゃなかっただけだ。
昨日あんな事があったために雲居先輩と非常に顔を合わせづらい…
ううん… 謝る、べきなんだろうな…

「おい、柏娘」
「ぎゃんっ!?」

わたしの思い虚しく、そのご本人に早くも声を掛けられてしまって変な声を上げてしまった。
振り向けば先輩の後ろには大きな荷物を抱え、居づらそうにする守屋…
先輩は昨日の事など気にも留めてないらしい。その証拠に

「仕事や。」

いつも通りの一言が飛び出した。
渋るわたしに有無も言わさずほぼ引き摺るように連れて来られた所は

「…病院?」

今度は本当に料理で病気でも治すつもりなのだろうか。彼なら出来そうだからまた怖い話だ。
病院の廊下を迷いなく進んでいく先輩の2、3歩後ろを歩くわたしと守屋。

「昨日は…、変なとこ見せてごめんね」
「え、いや。僕なら全然!それより昨日は雲居先輩、ちゃんと「おい 守屋。お前先 入れ。」

何かを言おうとした守谷の言葉を雲居先輩は遮って部屋の中に先に入るよう促した。
守屋の背中を足で蹴って。
守屋は疑問に思うもその“特別室”と書かれた病室の扉を素直に開けた瞬間。
銃声。
弾は前に抱えた荷物に見事命中。

「ビフテキや 血の滴るよーなブ厚いビフテキ持って来い」

ちょっと待て。“特別室”の意味が分かった気がする。
要は手のつけられない(周りに危害を及ぼす)患者だという事で…
ベッドにいるのは顔に古傷付けた 所謂ヤクザな患者が一人とその子分が宥めるのに必死になっているではないか。
どんなとこ連れてきてんだよ。と、半分睨むように雲居先輩に視線を寄越すも気付いている筈なのに知らーん顔。

「今 親父の胃はボロボロや!!そんなもん食ったらー」

また銃声。今度は連続で。
乱射される銃弾は部屋のあちこちを破壊した。
ちょっとなんでこの人チャカなんか持ってるの病院の人何故取り上げない!?

「じゃあもう一生肉食えんちゅーんかー!!」

半狂乱になって銃を連射する親分に悲鳴を上げる子分と守屋。
わたし?わたしは今賢者タイム突入。
主治医が言うにはこの大の肉好きの組長さんは胃の手術を終えたばかりにも関わらず病院食を口にしていないそうでこれ以上は命に関わるからと、雲居先輩に依頼がいったようだった。
それに対し雲居先輩は「屈服させ甲斐がある」と引き受けたのだ。

(…また、か)

調理場に入ってからの守屋は何か考えてるみたいに真剣な面持ちで、なんとなく何を考えているのか分かってしまった。
今から守屋が先輩に何を提案するのか

「どうにかして組長さんに、お肉を食べさせてあげられないでしょうか…?」

ほら、やっぱり。
どうやら守屋はわたしが思っていた通りの事を考えていたようだ。

「こういう時は栄養もですけど気持ちも大事っていうか」
「“気持ち”?そんなもん何になる」

ずきん

「己は媚びん」

『クロさん、嬉しそうに菓子選ぶなあ』
『ぼっちゃんに食べてもらう事を考えたら楽しくなっちゃって』

ねえ、あの人のあれは絶対に“媚び”なんかじゃなかったよ?
どうしてこの人には伝わらないのかな…ー

「玄田の、あいつが教えてくれた料理人の本分」
「あいつが目指しとったもののために、己は一番にならんといかんのや」

先輩の口から出てきた名前に思考がピタリと止まった。
ちょっと待って、今…なんて…?

「でもっ、玄田さんは…!!」

守屋が何かを言おうとするも地雷を踏んだ様だった。
全てを吐露する前に、雲居先輩に腹を蹴られて吹っ飛んだ。
わたしはただただ立ちすくむのみ…

「…お前に玄田の何が分かる。下手な事言うたら殺すで。」

今までの先輩は本気で怒っているわけでは無かったのだと痛感した。
怖い。怖すぎる。獣のような形相とは正にこの事で、それは守屋に向けられたものだというのにわたしは動けずにいた。

「やりたいなら勝手にやれ。自分に出来んからて人に頼るな。」
「口だけのもんが何言おうがただの雑音にしか聞こえんわ。雑魚が。」

それを聞くと守屋は、調理場を飛び出していってしまった。
言葉を失ったわたしは先輩を見る。
彼は小さく舌打ちをして調理台に向き直った。
守屋も心配だけど、今はそれより気になる事がある…

「…先輩。…クロダって…」
「…お前にはこれが終わったら教えたる。今はこっちに集中しろ。」

雲居先輩はこちらを見ずに作業をしながら言った。


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