▼ 暗闇に浮かぶ日常

常闇に沈む身体、もがいてももがいてもその闇は振り解く事は出来ない。
ねっとりと四肢に絡みつく鎖の様な闇に徐々に呑み込まれていく。
そんな彼女を、黒いローブを纏った何者かがただただ見下ろしている。
手には大きな鎌を、その身には黒い煙を纏って何をするでもなく佇んでいる。
やがて、彼女は闇に沈んでいく。
真っ暗な闇に光が差すことはない。
沈んでいるのか落ちているのか分からないまま、どれだけ呑まれたかもう感覚が無くなった頃、底に辿り着く。
そこには幾数の死体の山。顔は黒く塗りつぶされていて、それが一体誰なのか判別出来ない。
恐怖の中、また前を見ると“死神”が立っている。
“死神”がこちらに手を伸ばしたその時、

「…ッ…また、あの夢…」

悪夢に飛び起きた。
気付くと全身大量の汗をかいていて、衣服は疎かシーツまでグショグショになっている。
衣服がまとわりつく感覚が夢の中の感覚とリンクして八重は苦い表情をした。
ベッドから身体を起こし、そのままシャワールームへ姿を消す。





(思ったより時間が掛かっちまったな…)

まだ、朝日が顔を出す前。
ギアッチョは漸く仕事を済ませてアジトへ帰ってきたところだった。
仕事の内容が内容なだけあって、昨日の昼頃にアジトを出たにも関わらず帰ってきたのは日が変わってから。
かなり手こずった様で、その顔には疲労が浮かんでいる。
ギアッチョは帰ってくるなり自室には向かわず、ラウンジのソファに身体を沈めた。
自室まで足を運ぶのが億劫だったためだ。
掛けていた眼鏡を外し片手で目頭を揉んでいると、ラウンジの扉が開く音がして慌てて眼鏡を掛け直し、ギアッチョは振り向いた。

「ギアッチョ、遅かったね。おかえりなさい。」
「…おめーも、こんな時間まで起きてたのか?」
「ううん。目が覚めちゃって。」

ラウンジに姿を現したのは八重だった。
彼女は、そうとだけ言うとギアッチョが腰掛けるソファに自分も腰を下ろした。
その微かな風圧でふわりと甘い香りが漂う。
どうやらシャワーでも浴びてきたようで、その髪はまだしっとりと濡れていた。
よくよく見てみれば、彼女はホットパンツにパーカーと何とも薄着だ。

(野郎しか居ねぇっつーのに、これはちと無防備過ぎるンじゃあねぇか…?)

しかし、彼女はギアッチョの考えなど露知らず、その露出した足をソファから投げ出して足をプラプラ遊ばせるように揺らしていた。
落ち着いた印象を与える八重だが、こういった行動は少々子供っぽいななどとギアッチョは薄ら思う。
静かなラウンジで互いに何をするでもなくぼーっと壁を見つめていた。

「夢をね…、見たんだ。」

ポツリと呟くように放たれたそれは空中で消えた。
しかし、静かな空間故にそれはギアッチョにも届いたようで彼は、徐に八重を見る。

「良く同じ夢を見るの。闇の中に沢山の死体が転がってて…でも、知ってる人のはずなのに顔が分からない。きっとわたしの記憶が無いからだと思う。」

それを聞いてギアッチョは、八重が自分のスタンドを“死神”と呼んだ理由を少し理解した。
そこでふと疑問が浮上した。
彼女が記憶を取り戻せば夢の中の人物が誰かは分かるだろうが、果たしてそれで彼女は良いのだろうか。
彼女の口振りからして知り合いであり、夢の中では死体として登場している。と言うことは思い出さない方がいいのでは…
そこまで考えて、ギアッチョは考えるのを止めた。

(正直オレには関係ない話だ。)

ギアッチョは殆ど自分に言い聞かせるようにそう完結させた。そうでもしない限り、引き返せない様な気がしたからだ。
本能的に、彼女に深く立ち入ってはいけないと…、そう感じていた。

「朝食まではまだ時間があるし、軽く何か食べる?」

言われて、昼から何も口にしていない事に気付く。
八重はそんな彼を知ってか知らずか、返答を聞く前にソファから腰を上げキッチンへ姿を消した。
戸棚を開けたり閉めたりぱたぱたと音が聞こえ出して、ふとギアッチョは立ち上がりキッチンに向かった。

「あっ、疲れてるでしょ?座ってて。」
「おめー、どこに何があるかまだ把握出来てねぇだろ。」
「…確かに。」

何が何処にあるのか教えるのに丁度いいと考えたギアッチョは、手伝いながらそれぞれの場所を八重に教えた。

「ギアッチョ、お皿取って。」
「ほらよ。」

手際良く作業をこなす八重の指示通りのものを、彼女の元へと運ぶギアッチョ。
何気なくやり取りをしていたが、ギアッチョはハッと我に返って考えた。

(ちょっと待て…、これじゃあまるで…)

「お前ら夫婦みてぇだなァ〜?」
「どぅわあああッ!?」

いつの間にそこにいたのか、ラウンジのソファにはホルマジオが腰を下ろしていた。
カウンターキッチンからはそのソファが良く見える筈なのだが、ギアッチョは不覚ながらもホルマジオの存在に気付かなかった。居ると思わなかった所から声が掛かった事と、内心考えていた事を他人に指摘された事の二重の意味でとてつもなく驚いてしまったというところだ。

「あ、ホルマジオもよかったら食べる?」

カウンターから顔を出してホルマジオに声を掛ける八重は、どうやら彼に言われた事はギアッチョ程気にしていない様だった。
言われたホルマジオは少し驚いた顔をした後に

「じゃあ、お言葉に甘えようかねェ〜。」

そう答えた。
妙にニヤニヤした笑顔を浮かべながらギアッチョを見るホルマジオに、ギアッチョはあからさまに嫌な顔をする。
何か良からぬ事を考えている顔だと、付き合いの長いギアッチョは理解していた。
八重はパニーニを乗せた皿をテーブルに運ぶ。
それを合図にホルマジオもソファからテーブルに移動する。

「へェ〜、コレ、お嬢ちゃんが作ったのか?」
「出来合いの物をパンに挟んだだけで作ったって言っていいかは分からないけどね。」
「野郎ばっかのこの家じゃ上出来だと思うがねェ」
「ありがとう」

褒められて嬉しかったのか素直に例を言う八重。
そう言われ、ホルマジオは穏やかな表情をした。
それを彼女の後ろから見ていたギアッチョは思う。

(こいつも、こんな顔するんだな。)

チェアを手前に引いて席に着きながら何となしに二人を観察するギアッチョ。
八重は、またキッチンに消えた。

「やっぱ、女がいるってぇのはいいもんだなァ〜。」
「あ?」
「おめー、八重に相当興味持ってるみてぇだなーと思ってよ。」

ホルマジオの一言に、ギアッチョはピクリと眉を動かした。
メローネと言い、ホルマジオと言い、八重関連でギアッチョにちょっかいを出して来る事に心底鬱陶しいと思う。
事実、ギアッチョはホルマジオの言う通り八重を気にかけている。それは、ギアッチョ本人が拾ってきた為だ。ギアッチョ本人は、義理にも似た感覚だと思っているが、真意は彼よりホルマジオやメローネの方が理解しているようだった。

「おめーの八重を見る目ったらねェぜ?付き合い長いのオレらでも見た事ねェ」
「何が言いてぇんだよ…」

核心に触れて来ない事に苛立ちを覚えるギアッチョ、それを楽しそうに眺めるホルマジオ。
しょうがねーな〜…と、ホルマジオはお得意の口癖を述べた後、椅子の背もたれに体重を預けた。

「自分で気付いてねぇみてぇだけど、それはオレから言って聞かせる事でもねぇわな。」
「あ?んだよ、それ…」
「あれ、先に食べててよかったのに。」

そう言いながら、三人分のマグカップを持って戻って来た八重。その手のコップの中には湯気の立つミネストローネが入っていた。
それぞれテーブルに置いて、自分も椅子を引いて座る。

「お待たせ。食べようか。」

手を合わせる三人。
暗殺者には到底似つかわしく無いこの時間が、出来る限り続くといいと…ギアッチョは思った。

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