▼ 日常に潜むもの

「八重は、いつも本を読んでるよなぁ」

偶にはオレ達の相手もしてくれよ。そう言いながら読書を楽しむ八重の向かいのソファに腰掛けるのはジェラート。
手にはその名と同じドルチェが入った器が乗せられていた。
スプーンでそのジェラートを掬って自分の口にそれを運ぶ彼を見て八重は、やけに機嫌がいいのだなと考える。

「何かいい事でもあった?」
「ハハッ、そう思うか?」

そう言って歯を見せて笑う彼を見た八重は、無意識に表情が緩む。

「探し物がさ…、見つかりそうなんだよ」

見つかりそう…と言うことはまだ見つかって無いことを指しているようだが、相手ははっきり確信を持って言っているようだし、見つかったも同然なのだろう。
そして、その“探し物”とは余程の物なのは彼の様子を見れば一目瞭然だった。

「よかったね。」
「長い事探してたモンなだけあって、いざその時が来ると嬉しいもんだな」

これは前祝い。そう言って手に持った器を掲げるジェラート。

「お前にはまた今度もっと良いもん食わしてやるよ」
「それは楽しみ、待ってる。」
「待たせた、ジェラート」

二人の会話を割って入ったのは、彼の相棒のソルベ。
この二人は、いつも行動を共にしている。
その“探し物”も恐らく共同で行っていたのだろう。
ソルベの姿を確認すると、ジェラートは器に入った残りを平らげた。

「出かけるの?」
「ああ、オレ達二人暫く任務はないし、留守にする。」
「しっかり留守番してるんだぞ〜」

ソルベに続いてジェラートがアジトを出て行った。
一人きりの空間で、八重は、留守番も何も、わたしは監視の元此処にいるのだから、勝手に外に出たりなどは出来ないのだけど…とひとりごちた。
二人を見送ったあと、八重は読みかけの本に栞を挟みそれをテーブルに置いた。
軽く伸びをしてから立ち上がり、キッチンに向かう。
食器棚からカップとソーサー、そしてティーポットを取り出し更に戸棚を物色するも…

「信じらんない。この家には紅茶の一つも置いてないなんて」

野郎ばかりのこの建物内で、紅茶などと洒落たものを嗜む者は限られてくる。
居たとして、この共同スペースの戸棚に入っているはずも無かった。
ともなれば、野郎ばかりのこの空間で生活をするには不便。
これを機に外出許可を貰い、色々生活用品などを購入する事を考えた。





「お仕事中ほんとにごめんね、リゾット。」
「いや、いい息抜きになる。気にするな。」

八重は、監視下にある身だ。故に建前上監視役に誰かつけなくてはいけない。
チームのリーダーであるリゾットに外出許可をもらった八重は、その流れでリゾットがそのまま付き添いに出たという事で今に至る。
元々彼は自室で書類の山に追われていたのだが、そろそろ嫌気が差して来たところで外の空気を吸いに出ようとしていたのだ、彼が言う事は強ち嘘ではない。
二人はモンティ地区まで買い物に出ていた。
アジトから距離があるのが難点だが、ここ周辺は可愛らしいお店が並んでいる。
八重も列記とした女子の様で、やはりこういった雰囲気の街が好みなようだった。
大柄なリゾットと並ぶとなんとも小さく見えるななんて八重はぼんやり考えるも、気を利かせて着いてきてくれた事に素直に嬉しいと感じていた。
リゾットはリゾットで、監視役というよりほぼ保護者の様な妙な気持ちになっていた。

「あそこのお店の紅茶が美味しいって評判なの」

そう言って八重が指差す先には、こぢんまりとした紅茶屋さんがあった。
出会った頃より幾分か態度が柔らかくなった事に彼は、表情を緩める。
なら入るか。と返すと八重は嬉しそうにした。
カウベルのついた扉を押し開ければカランコロンと入店の合図が鳴る。店内は、全体的にカントリーな内装。そして、茶葉の香りが広がっていた。
店内にはカウンターに一人の店員と客が数人。
八重は、所狭しと並べられた紅茶の缶をまじまじと見詰めだす。
物珍しいお洒落な缶が所狭しと並んでいた。
リゾットは、出入口付近でその様子を眺める。
八重があれやこれやと缶を手に取り棚に戻しを繰り返していた時、足元にコロコロと紅茶の缶が転がってきた。何事?と缶を拾い上げると目の前に少し慌てた様子の小柄な男性が近寄ってきた。

「すみません!手を滑らせてしまって!」

少し離れた所から、男性が駆け寄ってくるのを確認した八重は、微笑んで缶を差し出した。
それを男性は苦笑いで受け取る。

「このお店の紅茶、美味しいですよね。」

少し世間話に興じようと考えたのか男性はへらへらと笑いながら八重に話し掛ける。
なんとも全体的に気の弱そうな青年で、そばかすが印象的だ。

「でも、いつも同じ物ばかり飲んで他に手を出せてないんですよ。何かオススメあります?」
「わたし、このお店初めてなんですよ」

初めてでも飲みやすい紅茶はありますか?そう、青年に問い掛ける。
意外、八重にこんなコミュニケーション脳力があったとは…と、リゾットは少し離れた所から二人のやり取りを見てそう思った。

「やっぱり、アッサムは癖が少なくて飲みやすいですよ!このお店、アッサムも何種類かあって…」
「紅茶、好きなんですね。」
「え、えぇ…まぁ、いやはや、お恥ずかしい」

少しばかり頬を染める青年に、八重は柔らかく笑顔を向けた。
そして、彼が進めるアッサムの茶缶を棚から取り出し軽く掲げる。

「オススメ通りこれにしてみます」





「ギアッチョ、紅茶は嗜む方?」
「あ?飲まなくはねぇけど…」
「今日ね、いい茶葉を手に入れたの。一緒に飲もう」
「…おう」

午後、八重はリゾットと買い出しを済ませアジトに戻ってきていた。
丁度部屋からラウンジへ顔を出したギアッチョに声を掛け、アフタヌーンティーと洒落込む。
キッチンに立ち、紅茶を淹れる八重をギアッチョはぼんやり眺めた。
暫くして、2つのティーカップを持ってラウンジへ姿を見せる。

「お砂糖は?」
「いらねぇ」

そうとだけ言葉を交わし、二人は沈黙の中カップに口を付けた。
八重は読みかけの本を開き、物語の世界に入っていく。
ギアッチョは何をするでもなくカップを軽くゆらゆら揺すって中の揺れる液体を眺める。
暗殺者には有るまじき、穏やかな空間とひととき。

ギアッチョは、心の隅でこのひとときに焦がれ…そして恐れていた。

(あぁ、…このままだと惚けてしまいそうだ。)

自分が暗殺者である事を。


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