日向翔陽に救われる
「みすずちゃん、来てくれたんだね」
「! しっ、しみ、き…きよ、潔子センパイ!」
土曜日。
体育館に顔を出すと聖母のような微笑みを携えながら駆け寄って来てくれた潔子センパイ。な、なにも言ってないのに名前で呼んで…くれるなんて。
「神崎さんもたまに田中みたいな顔で清水のこと見るよな」
「女神と天使……パねぇっス…神々しいっス……!!」
「なんか出来上がってるし」
「よーし、じゃあ始めるぞ」
主将の澤村大地の掛け声で、いよいよ3対3のゲームが始まることになった。
影山・日向に田中が加わったチームと、月島・山口に澤村が加わったチーム。みすずはあの日以来、飛雄と日向の練習を見ていないうえ、月島と山口のプレーを初めて見るため、好奇心が抑えられそうになかった。
「神崎さん何してるの?」
「! あ、あの……き、気持ち悪いかも知れないんですけど…分析データと言うか、観た試合はこれに打ち込むようにしてて」
ベンチでは無く床に座り込むみすずに、菅原が声を掛ける。
みすずは観戦した試合記録していた。それもノートに書き込んでいたのだが、何せ嵩張るので管理することが面倒になり、いつからかタブレットに切りかえたのだ。
大きな体育館の場合は、観客席から見下ろせるので持ち運びのキーボードを接続させて、膝の上で打ち込むのだが、今日は平面のため自分が床に座り、タブレットをベンチに置くことで、画面とコートを同時に見れる様にしていた。
「…すごい」
「へあ、き、潔子センパイ…!」
「うわホントだ細かいね…田中と大地のことももう書いてある!」
「わわわ、ほんとに、ほんとに、気持ち悪いだけなので……!!」
誰の許可もなく勝手に付けている記録なので、本人はなんだかストーカーぽくて気持ち悪いだろうなと思っているので、申し訳なさそうに頭を下げる。
清水と菅原は感心する一方なのだが。
「あー、うんん。小さいのと田中さん、どっち先につぶ…抑えましょうか?」
「え!?」
「(蛍くんってホント意地悪だなあ…うん、でもゲームに置いてはそう言う精神的なやり取りも大事だ)」
「あっそうそう!王様が負けるところもみたいですねえ」
「ちょっ…ツッキー聞こえてるんじゃ…!ヤバいよ」
「聞こえるように言ってんだろうが」
「冷静さを欠いてくれるとありがたいなあ」
「月島 いい性格の悪さしてるね」
「特に、家来たちに見放されて独りぼっちになっちゃった王様が見物ですよね」
そっか、蛍くんは知ってるんだ。
コート上の王様って呼ばれてる理由も、あの決勝戦も。
飛雄くん、大丈夫かな。
「ねえねえ」
「んっ」
と思っていたら、何やら田中センパイが猫なで声でくねくねしながら飛雄くんに近付いて来た。
「今の聞いたぁ?あーんなこと言っちゃって、月島くんってばもう!ほぉーんと…!」
ぐるりとこっちを振り返った顔は、イカついの一言に尽きた。
はは、田中センパイは本当に良い先輩だなあ、私が心配する必要も無さそうだ。
「すり潰す!!」
「べー!」
いや、べーって。翔陽くんほんとかわいい。
◇◇◇
田中の先制点から始まった試合だったが、日向のスパイクは月島に悉くブロックされてしまっていた。
飛雄のジャンプサーブも澤村にレシーブされ、ついぞ打つ手が見つからなくなっていく。その度に煽る月島の言葉にみすずも少しずついたたまれなくなっていった。けれど、ここは止めてはいけない。事実だから、受け止めなきゃいけない。でも、受け止めることと、立ち止まることは違う。
あの決勝戦、飛雄くんにとってのしこり。
今この場所がベストだと思っても安牌を取ってしまうのは、あの時の、あの、チームメイトに拒絶されてしまった恐怖がずっと残っているから。
「クイック使わないのも、あの決勝のせいでビビってるとか?」
「てめえ、さっきからうるせんだよ!」
「田中」
「せっかくトス上げても誰も跳んでないんじゃ」
「ああ、そうだ……トスを上げた先に誰もいないっつーのは、心底こえーよ」
飛雄くんの口から初めて聞いた、怖い、という言葉にぐっと涙がこみ上げて来る。
「でもそれ中学の時の話でしょ?俺にはちゃんとトス上がるから、別に関係ない」
「「!」」
「それより!どうやってお前をぶち抜くかだけが問題だ!」
「「ぷっ、アハハハ!」」
「翔陽くん……」
そうだ、もう、ここは烏野高校だ。
北川第一じゃない、また新しく始めたら良いんだ。
「中学のことなんか知らねえ!俺にとってはどんなトスだってありがたーいトスなんだ!俺はどこにだって跳ぶ!どんなボールだって打つ!だから、俺にトス持ってこい!!」
本当に飛雄くんは、いい相棒に巡り会えて良かった。
日向翔陽に救われる
prev next /back top