セッターの想い
外はすっかり夕暮れになっていた。
連絡もしてないし、心配してるかな。潔子センパイにお仕事ぜんぶ任せちゃったから大変かも知れない。コーチ代打やるって言ったくせにって怒られるかもしれない。
「…私の方が戻る勇気ないですよ」
「えっなんで」
「だって何も言わずにこんな時間に現れて…潔子センパイにお仕事させて、コーチ代打するって言ったのに捻挫しちゃったし…私の方が追い出されちゃうかもですよ……」
「コーチ代打って…何者なの」
「わーんっ!どうしようセンパイ!」
「あっ、ちょ、抱き着かないで……!!」
肩に置いていた手を滑らせて、首元に抱き着くと旭センパイが慌て始めた。
…ハッ!今更ながら旭センパイに彼女いたらどうしよう、やばい、なんも考えてなかった。
「あ、旭センパイ彼女さんとか、います…?」
「い、いないけど…」
「なら良かった(怒られる心配ナシ)」
「(えっ…良かった?)」
なんか急に顔を赤くした旭センパイをよそに、もうそろそろ体育館のおでましである。
えっあれ、あの金髪もしかして…。
「あっ旭さんだ!!と、みすず?!」
「え?!旭さん!!天使ちゃ……みすず!!生きてた良かった…!!」
「勝手に殺さないで龍センパイ…」
「おいお前ら!遅刻か!ナメてんのか!!」
「やっぱり!繋心くんだ!」
体育館から飛びだして来たのは、繋心くんだった。
そっか、武田先生が音駒との練習試合の件もう伝えてくれたんだ。やっぱり繋心くん、コーチやると思ったんだぁ。
はあ、でもおかげでコーチ代打できない件はたぶん何も言われないはずだ、お役ごめんだし。繋心くんありがとう。
「ニヤニヤしてんじゃねぇよ…ったく、で?なんでお前おんぶされてんだよ」
「階段から落ちちゃって……」
「ハァッ?! 大丈夫なのか?」
「ハイ!エースにデリバリーしてもらいましたので!」
「お、てことはお前ウイングスパイカーか?」
「あ、そ、そうです!」
「人足んねえんだよ、うるせーの運んで来たとこすぐで悪ぃけどアップ取って入ってくんねぇ?」
「は、はい」
「うるせーのってなに!烏野のエース連れて来たんだから褒めて!ばか!繋心くんのボケ!」
「うるせえ!お前はさっさと降りてやれ!」
「はい、スミマセン」
とキツいこと言いつつも、かがんで旭センパイが下ろしてくれた後、気を使って腕を支えてくれる。
繋心くんこんな見た目ですが、優しいんですよ。
「旭センパイ!」
「?」
「ありがとうございます、運んでくれて…!」
「ああ、いや、こちらこそ…」
「中で待ってますね!」
「…おう」
着替えに行く背中を見送って体育館に入ると、わらっとみんなが集まって来た。
「みすず!大丈夫なの?階段から落ちたって」
「え、そうなの?!連絡無いから心配したぞ…」
「すみません、ご心配をお掛けしてしまって。旭センパイに助けてもらったので、そのまま連れて来てもらったんです…!お仕事任せきりになってしまってすみません……!!」
「大丈夫だよ、無理しないでね…あ、イスと机持ってくるね」
「あ、手伝います!」
「うう潔子センパイすみません…ありがとうございます…女神……!!龍センパイも…邪な気持ちありそうだけど、ありがとうございます…」
いつも床に座って試合の様子を観てるけど、難しいと踏んでくれたらしい潔子センパイ。なんて優しい人なんだ。
今日私にできることは、みんなのことをしっかり観ることだけしかない。全神経を集中させよう。
「みすずちゃん、ありがとな」
「? 孝支センパイに何かしましたっけ…わたし」
「旭のこと、連れて来てくれたんでしょ?」
「いえ、連れて来てもらったのは私ですよ?」
「そう?でも、ありがとう」
「…あとは任せました!」
「おう!」
ぐっと拳を出すと、孝支センパイがそこに拳を合わせてくれた。
ちょうどそこへ旭センパイも着替えて戻って来たところで、繋心くんがくるりと振り返った。
「あとはセッターか…お前らのほうからセッター1人貸してくれ」
「「!」」
孝支センパイは繋心くんの方を見てから、もう一度私を見た。
孝支センパイがやろうとしてること、わかる。
にっこり笑ってみせると、軽く頷いて繋心くんの方へ歩いて行った。わかってくれたこと、わかってます。それにここは、孝支センパイでないと意味が無い。
「菅原さん!俺に譲るとかじゃないですよね?菅原さんが引いて俺が繰り上げ…みたいの、ごめんですよ」
「俺は影山が入ってきて、正セッター争いしてやるって思う反面…どっかでホッとしてた気がする。セッターは攻撃の軸だ。1番頑丈でなくちゃいけない。でも俺は…トスを上げることにビビってた」
同じ場所で足踏みしていたのは、孝支センパイもだったんだ。
「俺のトスで、またスパイカーが何度もブロックに捕まるのが怖くて…圧倒的な実力の影山の陰に隠れて、安心…してたんだ。スパイクがブロックに捕まる瞬間考えると、今も怖い」
じゃあ今日は孝支センパイと旭センパイ、2人で一歩踏み出す日だ。そしてその背中を押すのはきっと、夕センパイなんだろうなあ。
「けど、もう1回、俺にトスを上げさせてくれ 旭!」
真正面からセッターにそんなこと言われて、逃げられるわけないよね、旭センパイ。
「だから俺はこっちに入るよ。…影山、負けないからな」
「俺もっス」
「西谷!ナイスレシーズ頼むよ!」
「当然っス」
烏野高校 vs 町内会チームの練習試合が始まった。
セッターの想い
prev next /back top