ギルドマスターと参謀が出会う





日向とはぐれたから探して欲しい。

そんな応援要請が大地センパイから来たのが5分程前。
近くの薬局に買い出しに来ていたので、快く了承したものの、翔陽くんの行きそうな場所ってどこだろう。

そもそもそんな、迷子みたいな探し方でいいのかな。



「にゃお」

「あら、にゃんちゃん。どうしたの、お腹すいたの?」



自転車に跨ってきょろきょろしていると、足元に野良猫がすり寄ってきた。

え、人懐っこい!かわいい!自転車を片手で支えて撫で撫ですると、とてとて歩みを進めてこっちを振り返った。

これは、伝説の、着いて来いアピール…!



「うにゃあ」

「えー、もしかして迷子見つけてくれるの?」

「にゃう」

「返事した!えらいねぇ、この辺の子?」



猫と会話しながら歩く。
なんて平和なゴールデンウィークなんでしょうか。

そっかあ、1人寂しいし、にゃんちゃんと暮らすのもありだなぁ。でもそしたら家空けられないもんなあ。だめかあ。



「にゃっ」

「到着し、た……あれ」



そのにゃんちゃんが走り寄った先にいたのは、翔陽くん、じゃあなかった。

なぜか石垣に座ってスマホゲームをやってるプリン頭の男の子がいる。真っ赤なジャージ…この辺の学校のジャージじゃない。うーん?でもなんで、こんな、何もないとこで…。



「…え、と……キミの猫?」

「いえ、なんか連れて来られて」

「は?」



猫に連れて来られたとは?という顔をされている。

だって、着いて来てってされたんだもん。仕方ない。自転車を端に止めて、プリン頭くんの足元にいるにゃんちゃんをもふもふする。



「えっと、ここで何してるんですか?」

「……迷子」

「え゛、あなたも…?」

「キミもなの?」

「私は探しに来た方ですね…だからにゃんちゃんが見つけてくれたのかと思って着いて行ってみたら、ちがう迷子の子がいました」

「迷子の子って…」



高校生だとは思うけど、学年がわからない。
でも私に最初からため口だったから、たぶん先輩だろう。



「あ、わたし…烏野高校1年の神崎みすずと言います」

「烏野…。俺は音駒、2年……孤爪研磨」

「やっぱり音駒さんでしたか。この辺じゃ見ないジャージだから、もしかしたらと思ってって……あ!えっ、ええっ」

「…なに?」



いきなり大きな声を出したから、怪訝そうな顔をされたけど私の目は孤爪研磨さんのスマホにしか向いてなかった。



「applepiさん…!」

「は…?」



自転車のかごにいれてたトートからタブレット端末を持ってきて、私の大好きなゲームを開く。



「わたし!Spica!ギルドマスターの!」

「え゛…Spicaって、女の子だったんだ…」



週間ランキング1位を取り続けているそのゲームは、ゲーム内でギルドを組んで戦略的に敵と戦うゲームだ。

私はそのゲームのギルドマスターをしていて、applepiさんは私に次ぐギルドの幹部で、参謀的な立ち位置だ。いつもゲーム内チャットでやり取りしている相手が、目の前にいるなんて、なんて偶然。



「まさか同じ高校生とは思わなかった…です」

「…いいよ、いつもみたいに話して。今さらSpicaが敬語なの気持ち悪い」

「じゃあ研磨くんって、呼んでもいい?」

「うん、俺もみすずって呼ぶ」



私も隣に座って画面を並べる。

なんか、変な感じだ。ゲーム内では普通に話してるけど、いざリアルでってなると、なんか、変な感じ。


私が勝手に想像していたapplepiさんとはだいぶ違うし、あんまり目が合わないからコミュニケーションそんなに得意じゃないんだろうな、ってことがわかる。

でも、チャットだと冗談も言ってくれるし、何より作戦会議をしている時は発言もかなり多い。だからちょっと、意外だった。プリン頭だし。



「なんで迷子してるの?」

「ゲームしてたら、はぐれた」

「ね、もし研磨くんが嫌じゃなかったら、今度お話しながらゲームしない?」

「うん、やろう。連絡先でしょ」

「うん!」



こんな偶然早々あるものじゃない。
一人ぼっちが寂しくて始めたゲームだったけど、通話しながら出来るとなったら、もっと楽しくなるはずだ。

それに、因縁の相手である音駒高校の研磨くんのバレーボールはすごく気になる。



「研磨くんってセッター?」

「…そうだけど」

「やっぱり。いつも研磨くんの戦略とか作戦に助けられてるから、ゲームメイク得意そうだなって思って」

「みすずの分析能力も、尊敬してる。みすずは烏野のマネージャー?」

「うん、だから練習試合で研磨くんのバレーボール観られるの楽しみにしてる」

「!」



研磨くんのバレーボールはそれはそれは考え抜かれたプレーなのだと思う。たくさん勉強させてもらおう。

繋心くんから少し聞いた音駒のプレースタイル。きっと参考になるものだろう。



「にゃあ」

「あれ、みすず?!」

「翔陽くん!みーつけたっ」

「…探してた人?」

「うん!」



偶然にも翔陽くんの方から現れてくれた。

やっぱりこのにゃんちゃん、迷子探しのプロなんだ。迷子が2人も釣れてしまった。



「…だれ?みすずの友達?」



友達…友達なんだろうか。

研磨くんと顔を見合わせて、うーんと首を傾げる。ゲーム友達と言えば友達なんだろうか…でもなんて言うかどちらかと言うと研磨くんは、うーん…部下??



「あー!!バレーやんの?」



私たちが答えを出すより先に違うことに興味が向いたみたいだ。

研磨くんと翔陽くんのやり取りを横目に見ながら、ゲームを進めていく。ぐいぐい来る翔陽くんに対応する研磨くんが私に対応する時よりも口ごもっている感じがすごく可愛らしい。なにこの2人かわいすぎる。



「ええっと…バレー好き?」

「うーん、別に。なんとなくやってる…嫌いじゃないけど、疲れるのとかは好きじゃない。けど、友達がやってるし、俺いないと多分困るし」

「ふうん…好きになったら、もっと楽しいと思うけどな!」

「いいよ。どうせ高校の間やるだけだし…あ、みすずそこ回り込んで」

「ハイ」



翔陽くんの言葉は翔陽くんらしいし、研磨くんの返しも研磨くんらしい。

なんだか正反対な2人だけど、意外と合っているのかこの雰囲気が心地いい。まあ翔陽くんは天然人たらしだからなあ。



「ポジションどこ?」

「ん…セッター」

「へえ〜!なんかうちのセッターとはちがうな!うちのはもっと、ガーッて感じのやつ!な!みすず!」

「ふふ、そうだね。研磨くん襲われちゃうかも」

「え゛っ」

「ちなみに俺はミドルブロッカー!」

「…へえ」

「あー…やっぱり変だと思う?背の高いやつがやるポジションだもんな」

「うん、まあそうだろうけど…別に」

「おっ」

「俺も、試合とか行くとよく言われる。セッターは1番能力の高いやつがやるポジションなのに、なんであいつ?っていう風に。俺、特別運動得意とかじゃないし」



偏見、というのはどこに行ってもあるんだろうなあ。

だけど翔陽くんも、たぶん研磨くんも。それを見返すくらい、何も言い返せないくらい、圧倒的な実力とポテンシャルがある。言いたいやつには言わせとけば良い。

それに、相手の油断を誘うのに「ナメられる」ことは効果的だから。



「じゃあさ、お前の学校強い?」

「うーん、どうだろう?昔強かったらしいけど1回衰えて…でも最近は強いと思うよ」



獲物を捕らえる瞬間の瞳。
画面越しでは分からなかった、研磨くんの一面。

ああ、ぞくぞくする。これは練習試合が楽しみだなぁ。



「勝った」

「あ、ほんとだ」

「ギルドレベル上がったね」

「研磨くんがあそこ指示してくれたから…ありがとう」

「みすずは他にもゲームやってないの?」

「うん、実はあんまり詳しくなくて……」

「じゃあ今度おすすめのゲーム教えてあげる」

「研磨!」

「「「!」」」

「クロ」



迷子探し人が現れた。

クロと呼ばれたその人も研磨くんと同じ真っ赤なジャージをはいている。バレー部の人だろうけど…すごい特徴的な髪型をしていらっしゃる。



「じゃあ、またね翔陽、みすず」

「うん、またね」

「……またね?」



ゴミ捨て場の決戦。

こっちはまだ色々と問題は山積みだけど、負けるつもりは無いからね、研磨くん。




◇◇◇




迷子と無事合流した黒尾は未だ隣でスマホゲームを続ける幼馴染に疑問をぶつける。



「ねえ研磨くん、あの子たち誰デスカ?」

「烏野バレー部だって」

「烏野?!すごい偶然だな…。つか、なんか女の子の方と仲良さげに見えたけど……えっ、研磨もしかしてナンパ?!」

「なわけないでしょ」



勝利を掴んだゲーム画面から、ギルドのページに飛んでそれを黒尾に向ける。

画面に映っているのは、麗らかな装備をしたキャラクターだった。ちなみに男だ。意味が分からず黒尾は、ん?と首を傾げる。




「俺が最近ハマってるゲームの、ギルドマスターだった」

「ああ…えっ、なんか凄いヤツだって言ってなかったっけ?」

「うん、言った。向こうが俺のID見て気付いた」

「しかも烏野のマネージャーとは…」

「世間って狭いんだね」

「にしても可愛かったよな。いいな、女子マネ」



黒尾がみすずの容姿を思い出している中、研磨は一瞬だけ向けられた鋭い双眸を思い出していた。

敵対心からじゃない、あれは、この大きな期待を裏切ったらどうなるか分かってるのかと、脅されているみたいだった。確かに、可愛いと思ったけど、俺は今どちらかと言うと。




「怖い」

「は?なにが、どこが」

「クロは分からなくていいよ」

「へー、独り占めですか!研磨くん、一目惚れですか!」

「バカじゃないの」

「ふうん、研磨がその気じゃないなら俺は割と有りだと思ってるケド」

「……本気なら良いけど、遊びなら止めてね」

「俺はいつでも本気ですが!!」



彼女の期待通りのバレーボールが出来るかはたぶん、俺じゃなくてクロたちにかかってる。

そんなことは分かってるのに、あの期待に応えたいと思ってしまう自分がいた。怖い、でもそれが何故か嫌じゃない。不思議な感覚だった。




「クロって、ああいう感じがタイプだっけ?」

「いや!見た目はやっくんが好きそうな感じだけど、なんつーか最後…」

「…絶対負けないって感じだったね」

「そう、好戦的なカンジ。あーいうの、グッとくる」



確かにゲーム内でも防御より攻撃に重きを置くタイプだ。

負けない戦いよりも、勝ちに行く戦いが好き。たぶん烏野もそんな感じのチームなんだろう。じゃなきゃ、あんな風には振る舞えない。



「名勝負楽しみになってきたぜ」

「その前にみんなと合流しないと」

「研磨……お前自分が迷子の当事者ってわかってる?」




ギルドマスターと参謀が出会う


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