きっかけをくれた人
「ねーみすず!男バレ見ていかない?」
「ハイ…いいですけど」
あの日、部長にそんなことを言われていなかったら、私は今もプレーヤーとしてコートに立っていたと思う。
バレーボールは、すごく好きだ。
攻撃を受け止めるレシーブ、攻撃を仕掛けるトス、点を決めるスパイク…サーブを打つ時の呼吸を整えている時間。
私は生涯プレーヤーでいたいと思えるほどに、バレーボールをすることが好きだった。
それなのに……ーーーー
「は、…」
「あぁ…今日も及川のサーブヤバいなぁ…」
「おい、かわ……?」
「そ、セッターの及川徹。みすず知らないの?3年なんだけど、同い年とは思えないレベルだよね…アレ受けるのは嫌だけど、眼福だわ…!」
中3とは思えないその綺麗なフォームと威力に、思わず背筋がゾクゾクした。ああ、どうしよう。私あのサーブずっと見ていたい。
それまで、ぽやっと観ていたのにいつの間にか手すりに掴まって、身を乗り出しながら見ていた。
もっと、もっと近くで、もっと、ずっと。
「トスも綺麗だし的確ですね、」
「そうなのそうなの…!あんなトス1度で良いから打ってみたいわぁ。あんたもスパイカーなんだからそう思うでしょ?」
「……いえ、わたしは」
あの中に入るくらいなら、ずぅっと外側から眺めていたい。
うちの男バレが強いのは知っていたけど、今まで自分たちの部活で手一杯だったから見る時間なんて無かった。私ってば、なんて損なことを。
及川さんだけじゃない、このチームはとても強い。
「部長…」
「なあに?あ、もしかして及川に惚れた?敵多いよォ、アイツ」
「わたし、部活辞めます」
「……はぁッ?!え、なんで?!」
「っごめんなさい!また、退部届けは持って行くので!」
ピピーッ!と試合終了の笛が高らかに鳴った。
ストレート勝ちしたのはもちろん北川第一だ。
私は勢いよく部長に頭を下げてから、制止の声も聞かずに階段を駆け下りた。
すごい、すごいすごいすごい!
こんなの初めてだ、レシーブするより、トス上げるより、サーブより、スパイク打つより!こんなに興奮したのは初めてだ!!!
「及川さん…!」
「ん?あれ、キミはたしか……」
「(みすず…?)」
試合終了後のクールダウンをしている部員たちと笑い合う及川さんの姿を見つけて、興奮冷めやらぬまま勢い余って大きな声を掛けてしまった。
でも、これは、この気持ちは伝えないと気が済まない!
「及川さんのプレイ最高でした!!わたし、こんなに興奮したの初めてです!」
「えっ…あ、ありがとう……なんかちょっとエッチ」
「黙って聞けよ及川」
「トスは言わずもがなですが、サーブが…あのサーブは綺麗で、威力も中学生とは思えなくて…もっと、見ていたくなりました。もっと、もっと近くでずっと……及川さんの、いえ男バレの皆さんのバレーボールを見ていたいんです!!」
「えっとォ……つまり、どういうこと……?」
「…え、…と…?」
どういうこと…どういうこと…
どういうことでもないと言うか、ただそれを伝えたかっただけと言うか…え、どういうことってどういうことなんだろう……?
頭をこんがらがせていると、ぽすとそこに重みを感じた。
視線を斜め上にずらすと、馴染みのクラスメイトの顔が見える。え、なんでここに。
「要するに…マネージャー希望ってこと?」
「! 英くんバレー部だったの?!」
「…まあね」
「国見ちゃん友達なの?みすずちゃんと」
「同じクラスなんで」
「え、どうして私の名前を…」
「だってみすずちゃん有名人だよ、入学してすぐレギュラー入りした超可愛いスパイカーって。ね?岩ちゃん」
「まあ、名前くらいなら聞いたことあるな」
「お前気付いてなかったの?」
し、しらなかった…。
超可愛いは及川さんが話を盛ってる気はするけど、それって3年生の先輩方には絶対印象良くないやつだ…。
あ、でも。
「部活やめたので!」
「「「ハァッ?!」」」
「なんで!」
「? だって、男バレを見たいから……」
「いやいやいや、え?本当にマネージャー希望なの?」
「そんな!まさか、マネージャーなんて…!お手伝い出来ることがあるならしますけど、そんな、なんていうか……あ!あれです、ファンです!ファン!ファンになっちゃいました!」
及川さんたちも、英くんも、目がこぼれおちそうなくらい驚いてる。
こうして私は女バレを辞め、及川さん始め北川第一男子バレーボール部の追っかけになったのだった。
きっかけをくれた人
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