価値ある敗戦





「ハァッ?!なんでアイツあっちにいるんだよ!」

「知らねぇよ、俺だって知りたいわ」

「雪ヶ丘なんて知らないって言ってたのにね」



いよいよ雪ヶ丘との試合が始まる。
ふう、と息を吐いて前を見据えた先に、勝利の天使が立っていた。前を見た時に見えるということは、雪ヶ丘中側の観客席にいるということになる。

飛雄たちは、みすずの姿が見えないからてっきり隣のコートでも観に行ったのだと思っていた。



「え゛、天使が雪ヶ丘の観客席にいる」

「じゃあ、雪ヶ丘が勝つってこと?」

「いや…いやいやそれは無い、だろ」



得点係でさえこの言い様だ。

それなのに、と飛雄はぐっと拳を握った。
みすずは、みすずのあの期待は、いま俺じゃなくてコイツらに向いてんのかよ、クソッ。



「チッ…」

「…落ち着けよ影山」

「うるせぇな、落ち着いてるだろが」

「(どこが?)」



試合開始の笛が鳴り、国見がサーブをする。
特段強いボールでは無いが、雪ヶ丘中のメンバーはそれを拾えず、その後もあっさりと連続で得点を決めていった。


その時点で実力差は誰が見ても一目瞭然だった。


雪ヶ丘中は恐らく即席のチームで、1点も返すことなく試合が終わってしまうことも容易に考えられる状況だった。しかし、その中でも日向翔陽は折れることなく持ち前のその明るさでチームメイトを励ました。



「(うん、これは…たぶん周りがつい応援したくなるやつだ)」



みすずは、すうっと息を吸い込んだ。



「雪ヶ丘中ーー!!!頑張れーーっ!!!」



その声に思わず全員がみすずを見た。

優しげな表情でひらひらと手を振るみすずに雪ヶ丘中のメンバーが驚いた顔をする。それとは対照的にどんどん苛立っていく飛雄たち。



「へあっ?!みすず…っ」

「お前北一のあんな可愛い子と知り合いなのかよ?!」

「いや、えっと…いや」

「さっきナンパされてたよね」

「ナンパ?!」

「翔ちゃんも意外と隅に置けないねぇ」

「いやでも雪ヶ丘中って言ったから、翔陽だけ応援してるわけじゃねーから」

「コージーなんで張り合ってんの?」



聞き捨てならない言葉を耳にして、国見と金田一は大きなため息をこぼした。



「ナンパ…みすずまたなんかやらかしたか」

「アイツなんなの?友達100人作りたいわけ」

「まぁ、今に始まった事じゃねぇけど」

「…でもあんな声張って応援すんの初めて見たな」

「たしかに」



頑張れとみすずに言われたのはいつだったか。まだ及川が北一にいる頃だったか、誰も思い出せなかった。

自分に大口を叩いた割に大したことない、飛雄はそう思っていたのに何故みすずはあんな風に応援するんだ?同情か?いや違う、だってみすずは誰よりもバレーボールのファンだ。強い選手が、強いチームが好きなはずだ。可哀想だから、そんな理由で応援したりなんかしない。なら…どうして。


笛の音が聞こえ、飛雄はハッと我に返った。

国見のサーブが向こうの5番の顔面にヒットしたことで、セッターに綺麗にボールが返っていた。高く上がったそのトスに、日向翔陽が跳んだ。

その身長からは想像も出来ないほど、高く。



「おっ…」



バシィッとスパイクされたボールは、ブロックに阻まれ雪ヶ丘中のコートに落ちたが、それは周りを驚かせるには十分だった。

その証拠にみすずは、あの、初めて及川徹を見た瞬間にも似た感覚を感じていた。


だが現実は上手くいかないもので、1セット目は難無く北川第一が取り、2セット目も大きく点差を離され、すぐに終盤を向かえてしまった。

コートチェンジの際にみすずも場所を移動し、コートの真ん中辺りの観客席に立っていた。


翔陽の跳躍力は確かに優れている、けどチームとしてはひよこレベルだ。北一のメンバーもそれなりに抜いてやってるのは見て取れた。

ただ一人、影山飛雄を除いては。



「もっと速く!」

「チッ…」

「ナイス」

「今日も相変わらずムチャぶりトスだな」

「相手のブロックいないも同然なのに、何マジにはってんだよ」

「じゃあお前らが本気でやるのは一体いつだよ!」

「よせ!試合中だぞ!」

「こえー…北一のセッターってさ、上手いんだけどなんかこう…1人でバレーやってるみたいだ」

「…飛雄くん」



飛雄くんは、誰がなんと言おうと強くて凄いセッターだ。

だけどこのままじゃ、何も変わらない。何も上手くいかない。こんな、チームメイトを置いてけぼりにするようなプレーなんて誰も着いていかない。

飛雄くんはその才能を、自分で殺しちゃってるんだ。



「もったいない…飛雄くんも、翔陽くんも」



英くんのサービスエースが決まり、あと一点で北川第一の勝利となった。

直前でボールを追いかけ、壁に激突した翔陽くんに目を向けると、ここに来てまだ諦めていない恐ろしく集中した様な表情を浮かべていた。

ぞくり。
ああ、これは、知っている。徹先輩がサーブトスを上げた時と同じ感覚だ。それは怖いと同時に、心が沸き立つんだ。


英くんのサーブを翔陽くんがレシーブし、5番の子が蹴り上げたことで高くボールが上がった。

翔陽くんが、跳ぶ…!!



「あ…」

「っワンタッチ!」

「触った!カバーだ!!」

「う…(こりゃとれないよ)」



金田一の手に当たった翔陽のスパイクは、大きく弾かれてコート外へ飛んで行った。国見が追ってはいるが、とれないだろうと既に諦めている。

バウンドしたボールにアウトの笛が鳴った。

正真正銘、雪ヶ丘中が北川第一からもぎ取った1点だった。



「雪ヶ丘ナイスキーっ!!」

「えっえ…!」

「あの人、北一なのに僕らのこと応援してて良いのかな?」

「さぁな、でも可愛い子の応援はやる気出るぜ…!」

「顔面レシーブがっつり見られてるよ」

「う、うるせー!」



雪ヶ丘が得点に喜んでいる中、北川第一のコートから叱責の声が飛んで来た。



「最後まで追えよ!!」

「わ…悪い」

「勝負がついてねえのに気ぃ抜いてんじゃねえよ」

「分かってるけどさ…この点差がひっくり返るような奇跡は……」

「今の1点は奇跡じゃない。獲られたんだ。あいつに、点を、獲られたんだよ!!」

「いやまあ、そりゃそうなんだけどさ…」



キッ、と飛雄は日向翔陽を睨んだ。

どうしてこんなに苛立つんだ。みすずのせいか。それもある、それもあるけど、それだけじゃない。この感覚はなんなんだ。


得体の知れない苛立ちが積もって行くまま、飛雄は相手のサーブに身構える。

ネットインしたボールは金田一が拾い、そのまま雪ヶ丘コートに返ったが、そのトスは誰もいない場所へ飛んで行ってしまった。


明らかなトスミスに、ここで試合終了かと思ったその時だった。



「え…」



目にも止まらぬ速さでボールに追い付いた日向翔陽が、大きく跳び上がっていた。

みすずは大きく身を乗り出した。あんな動きは初めて見た。一心不乱に、何も考えずにただボールに飛び付いた様な…それでもあんな速さは見たことがない。


スパイクしたボールは誰にも止められることなく北川第一のコート側へ返った。でも。



「…アウト」



試合終了の笛が鳴り響いた。




価値ある敗戦


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