「信じられない」
その声に反応して、栞は目を開けた。朽ちた木の匂いがこもる祠の中で、光子郎が呆然と呟いていた。採光を兼ねる窓の外では、季節外れの吹雪が瞬く間に真夏の緑を白銀に塗りつぶしていく。
ちらりと視線を光子郎に移すと、ノートパソコンを膝の上に置いて、起動させていた。おそらく、暫くここから出られないと踏んだのだろう。…うつらうつらとしている間に、少しだけ居眠りしてしまったみたいだ。先ほどよりも外が吹雪いており、矢張り頭が痛んだ。
「あの…何をしているの…?」
光子郎がパソコンで何を調べるのか気になり、おそるおそる問いかけると、彼はつ、と顔をあげた。
「ああ、気象予報のホームページを見ようかと思いまして。ブックマークしている大手の検索エンジンに繋ごうかと思ったんです」
「気象予報…?この天気調べるの?」
「ええ、ですが…」
モデムの起動音が聞こえ、続いて携帯電話から早送りのダイヤル音。しかし光子郎が眉を寄せているのが見え、上手くいっていないのだということがわかった。何しろこんな吹雪の中だ。きっとそののせいで電波が届かないのだろう。それでも光子郎は諦めず、もう一度接続を試そうとしていた。栞もそれを後ろから見ていた時、祠の扉がバーンと開いて、頭に雪の冠を乗せた二人の少年が入ってきた。
栞はその二人のうちの明らかに年長である金髪の一人を見て、目を丸くさせた。
「石田、くん…?」
「…真田?どうしてここに」
声色からしてヤマトも随分驚いている様子だった。
「あーっ!」
ヤマトの傍らにいた小さな少年―先ほどヤマトが包丁を投げ出して駆け寄った男の子だった―が、栞の手に持っている帽子を見て、ニコニコ笑いながら近づいてきた。
「僕の帽子だー!」
「え、あ、あなたの帽子…」
「うん、そうだよ!」
「もしかして、真田が探してくれたのか?」
「え、いや、その…。そこに落ちてたから、」
どうぞ、と緑色の帽子を少年へと差し出した。「ありがとうございます、お姉さん!」と元気よくお礼を述べる少年に自然と笑みが漏れ、ヤマトの方を見ると、優しい目で男の子を見ていた。その目は、兄であると語っていた。まるで己の兄が、栞を見ていてくれた時と同じような気分に陥る。
「…弟、さん…?」
「!…えっと…」
「うん、そうだよ!」
ヤマトの言葉を遮り、少年が笑顔で頷いていた。ヤマトは少し照れくさそうに頭を掻いてから、パソコンをいじっている光子郎の方を向いた。
「なあ」
「はい?」
パソコンのキーをを軽やかなタッチで叩いている光子郎の背中にヤマトは言葉をかける。
「なんです?」
「悪いんだけど、雪が止むまでここにいていいか?」
「そりゃ構いませんけど、」
「ありがとう」
ヤマトは丁寧にお礼を光子郎に告げてから、甲斐甲斐しく少年の頭や服についた雪を手で払い落とし始めた。
「もう何なのよ、急に降り出して!」
「ど、どうしてキャンプ場から離れたりしたんだ、ミミくん!」
「やだ、丈先輩も来てたの?」
「来てたの?じゃない、どうして君は」
祠の扉が開いて新たな二人が入ってきた――見知った人ではないところから、たぶん下級生と上級生だろう。一人の女の子は、お嬢様というような可愛らしい女の子だ。もう一人は男の子で、頼りなさそうな雰囲気がおのずと出ており、メガネをかけている。あれ?と少女の方が栞たちに気付いたようで、中にずかずかと入ってきた。
「ねえ、雪が止むまでここにいてもいい?」
「え、あ、はい…」
辺りを見回しても、知らない(仲の良くない)人たちばかり。自然と顔を下に向けて、誰とも目を合わせないようにした。
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