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 風が示した先に、何があるのだろうというのは、ちょっとした好奇心だった。だけどそれは必然の出来事だということを、栞はまだ知らない。


「わっ、」


 流れていく風に身を任せながら、誰かの帽子を追いかけ、栞は自分の班から離れた。少し、一人になりたかった。折角友達になれて、一緒に楽しもうと思っていた空とは、運命のいたずらか一緒の班にはなれなかった。それでもなるべく一緒にいようと言ってくれたのだが、やはり班行動が主になってしまい、空とは離れ離れになってしまった。それどころか、班員はけっこうハキハキと自分の意見を言える女の子が多く、栞の居心地の悪さは天下一品だった。
 やっと風が吹き止んだ、と思ったとき、栞はキャンプ場とは違う場所にいた。目の前には祠がある――祠なんか関係ないか。そろそろ戻らないと、サボっていた、とか変なこと言われるな、と祠に背を向けた瞬間、胸が、自然と高鳴った。


――…もりびと。

――…われらの、ちつじょ。

――……もりび、と。


「え?」


 生暖かい風が吹き抜けた。ひゅうっと耳元を何かが遮り、深い気持ちが胸を横切る。何故だろう、酷く聞き覚えのある、懐かしく愛おしい声だった。


「…真田さん?」
「え?え、と…」


祠の縁に誰かが座っているのが見える。黄色いノートパソコンを手に持ち、真っ黒の瞳はぱちくりと栞を凝視している――え、と、確か同じ班の。


「泉、くん…?」
「はい、そうです」
「…ここに、いたんだ」
「ええ、静かでいいところですから」


 そこにいたのは、同じ班に割り振られた一学年下の泉光子郎だった。
 確かにこの場所は光子郎の言うとおり下のキャンプ場とは違い、静かで居心地が良い。先ほどとは違い、穏やかな風を頬に受けながら、光子郎の背後に広がる祠を覗き込むように見た。


「あ、」
「え?」


 祠の中、というわけではないが、祠の右横に緑色の帽子がちょこんといた。否、『いた』と言う表現は可笑しいかもしれないが、本当にそこに『いた』のだ。まるで誰かを待ちかまえているかのように、そこにじっと存在している『帽子』。#栞は#近づき、それを持ち上げる。


「さっきの男の子の、帽子だ」


 その時だった。
 ぽつ、と頬を何かが濡らす――雨か?


「え…」


 ――ゆ、き?
 ちらちらと空を舞う粉雪が思考を可笑しくさせる。雪は、嫌いだ。雪の日は、嫌なことしか、起こらないから。
 上空を見上げていた栞は、袖が引かれるのを感じて視線を横に移す。光子郎がパソコンを折りたたんで祠の中に入ろうとしているところを、栞の袖をパソコンを持っていない右手で引っ張っていた。


「あの。とりあえず、この中に入りましょう。濡れてしまっては風邪を引いてしまいます」
「え、は、はい」


 光子郎に言われるまま、栞は祠の中に入った。その時、ちらちらと空を舞っていた筈の雪が激しく吹雪いている。頭が痛くなるのを感じた。


「最近、可笑しいですよね。今日だって真夏日なのに…」


 ふわり、と浮かぶあの日の記憶。雪の中をはだしで駆ける栞がいる。栞の中の、忘れられない記憶。それが、頭の中で急にぐにゃりと歪んだ。待ちわびていたかのように、栞の頭には違う記憶が舞い込んでくる。


―――小さな孤島。自由に過ごすデジタルな何か。これは、なんだろう。


「…何かが起きようとしている、前兆なのかな…」
「何か、って…?」


 ふわりと気持ちが浮く感じ。しなくてはいけない何かが胸を横切っていく。栞は祠の端っこに小さく膝を抱えて座り込んだ。光子郎もそれきり何を問いかけてくるわけでもなかったので、栞も黙って目を瞑った。


―――…うつらうつらと瞳の奥に現れた小さな島。四方を海に囲まれて、絶対孤島の、人間ではないデジタルなものが存在する、自由に生きて自由を愛するデジタルな何かが見える。ここはどこだろう。懐かしく、そして暖かい。

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