「いっただーきまーす!」


 1人席に座ってがっつき始める丈を見ていたら我慢できなくなったのか、1人また1人と目の前のご馳走にありついた。


「栞は食ベないノ?」
「う、うん。…あんまり、お腹空いてないから」
「……始まったのか……」
「え?」


 呟いたイヴモンの言葉を問い返すと、彼はまた曖昧に笑っただけだった。上手く、誤魔化されている。けれど彼はこの先を絶対話してはくれない、何となくだが栞には分かっていた。


「イヴモンは食べないの?」


 話を逸らせば、イヴモンは顔をあげて、栞の顔を見てにっこりと笑った。


「僕も食ーべなイ!…ネ、栞。他ノ部屋行ッてミようヨ、休めルとこロがあルカもしレないヨ!」
「…そうだね。…疲れちゃったから、寝たいな」


 栞は美味しそうに炒飯を頬張る空のところに行くと、肩を指先で叩く。振り返る空に、栞は苦笑しながら扉を指さした。


「先、休んでるね」
「大丈夫?」
「…うん、平気」


 そんな空に見送られて、栞はイヴモンと二人、また広間に出た。
 冷えた風が吹き抜ける。なぜだろうか、とても嫌な予感がする。心の奥底から、ざわりと騒いで、静かに音を立て消えていく。


「栞?ドーしたノ、早く行コうヨ!」
「うん、ごめんね」


 腕の中で暴れ出したイヴモンをぎゅ、と抱きしめる。その暖かい存在が今ここにあるだけで、十分だった。
 栞はふ、と顔をあげた。玄関からちょうど真正面、壁に飾られた1つの絵が目に入った。


「これ…、天使の絵…かな?」
「…、」


 彼女は絵だけを真っ直ぐ見詰めた。上品に描かれた1人の女性の絵。栞も絵を描くのが好きなので、その絵のタッチに見惚れた。


「綺麗だね、この絵」


 栞は笑いながら振り返る。そこにいるはずのイヴモンは、当たり前のように笑顔を向けて頷いてくれるだろう。けれど、彼の顔に浮かぶのは、泣きそうなくらい哀しそうな笑顔だった。思わずどくりと胸が高鳴る。


「こノ絵、栞ニ似てるネ」


 けれど、すぐにイヴモンの顔には笑みが浮かぶ。栞は、きょとんと目を丸くした。


「…私…?そんな、まさか、」
「似てるヨゥ。だっテ、栞は天使ミたいだモノ」


 顔を赤く染めながら少しだけはにかむ栞に、イヴモンも笑みを返した。
 この世界の天使――それは、優しくて、柔らかくて、大切で、この世界の秩序そのもの。


「ほーラ、栞。立ち止まラないデ、サっさト行こうヨ」
「うん、…どこかな?」
「…うーン、ドコも同じヨうな扉バッかデわかンないネ」
「イヴモンはどこがいい?」
「僕?僕ダったラ、――あソこ」
「じゃあ、そこにしよう。あ、トイレも近い」


 ふわりとイヴモンの頭を一撫ですると、栞はイヴモンの望む部屋に向かった。とりあえずみんなが分かるように扉を開けておく。ベッド数は全部で八つ、デジモンたちと一緒に寝ればいいので人数分ぴったりだった。


「すごい、本物?」


 手始めに入り口付近のベッドに触ると、それは本物のベッドだった。ちゃんとシーツに糊もきいている。
 それから栞は、さすがに入り口付近を陣取る勇気はないので、一番奥の右側のベッドに腰をおろした。家のベッドと違い、とてもふかふかしている。


「あったかい、」


 思わず布団に頬をすり寄せると、イヴモンは栞の腕の中からすり抜けて(栞とベッドに挟まれて苦しかったようだ)、ベッドの上で跳ねて飛んだ。そんな姿がいつものイヴモンよりも少しだけ子供っぽくて、なんだか嬉しい。


「気持チいいネ」
「うん、これならゆっくり眠れそう…」


 顔を布団に埋めていると、どっと疲れが溢れ出した。こんなに疲れていたのか――栞はゆっくりと目を瞑る。
 掛け布団はそのまま自分の下に敷いてある状態で、ちゃんと寝かせようとイヴモンが彼女の体を動かすが、てこでも動かない。


「風邪引くゾー?」


 耳元でぴょんぴょん跳ねてもうんともすんとも言わないので、余程深い眠りについたのだろう。規則正しく上下する肩に、イヴモンは少しだけ笑みをこぼす。


( まぁ、いいか。どうせ、すぐに始まるんだから )


 どうせ掛け布団なんて意味を召さない。ならばこのまま少しでも疲れを癒させよう。


「栞…」


 栞の顔のちょうど横にイヴモンもおさまると、彼も体を丸くさせた。


「せめて夢の中だけでも。――お休み」


17/07/25 訂正
10/11/08 訂正

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