「…もウ済んダ?」
「イヴ、モン?」
「栞よリ早く目ガ覚めたカラ、ちョっと辺リをみテきたンダ」


 ふわりと浮かぶ彼の白い身体は、青い空を背景に、彼の身体はより一層純白に見えた。穢れない、一点の、ただ1つの希望のように。


「ここ、は」
「一概にドコ、トは言エなイケれド。タぶん、はジまりノまち近くニ落ちたネ」
「"はじまりのまち"…?」
「ソノ名の通りサ。新しイ命が生まレる場所。───そしテ守人が好ンでいタ場所ダヨ」


 イヴモンの空色の瞳は、優しげに孤を描いて笑う形を取った。


「だカら栞は気ニなっタんでショ?ココを知ってル、ッて思ッたンでショ?」
「…うん。何でかは、分からないけれど」
「ソレは君が守人でアル何よリの証。守人ハ何よりモ、新しイ命を喜バれてイタからネ」


 にっこりと微笑んで、イヴモンの身体はふわふわと浮かびながら、同じように空をみあげた。


「そしテ、ここデ空を見上ゲるのガ、とテモ好きダっタ。タくさンのデジモンたちニ花の冠を作ッてあげテいたンだヨ」
「優しい人、だったんだね」
「今でモ十分、優しイ人でショ」


 それが自分のことだと気づくと、栞は羞恥に顔を赤く染めた。イヴモンはくすくす声を立てて笑い、それから栞の頭に落ち着く。


「もウそろソろ夕暮れ時ニなル」
「けっこう眠ってたんだね…」
「デビモンの気ニあてラレたのカモしレないカラ、仕方ナいサ。気分はドウ?ツらかッたり、怠カッたリ、しナイ?」
「うん、だいじょうぶ」


 控えめに微笑う栞の顔を見て満足したのか、イヴモンも柔らかく笑った。


「サテ。コんナとコろにいテ、何ガあるカは分カラないシ…。はじマりのマちの方へ行っテみよウカ?君なラ、アイツも歓迎してクれるヨ」
「…うん、行きたい。もしかしたら、誰かいるかもしれないし…空だったら、いいんだけど」


 眉を八の字に下げると、イヴモンもおんなじ顔をしてみせた。おそらく、空が別の場所に落ちたのをその目で目撃していたからだろう。
 自分よりも空を頼りにしているとしたら、すこしばかり淋しいことだ。仕方のないことなのだが、イヴモンは知らずうちに、悲しそうに目を閉じた。


「でも」


 栞の透き通るような声が、響く。


「イヴモンがいてくれて、よかった」


 安心したように笑う声に、何も心配する必要なんてなかったのだと知る。柄にもなく、年甲斐もなく、嬉しく思った。再び栞に出逢えたことを、とても嬉しく思った。


(これからも傍にいるよ、たとえきみが望まなくても。この命、尽きるその日まで)


 そうこうしているうちに日が暮れ、赤い夕陽が空に昇る。青から赤へと変わるのを見てから、栞とイヴモンははじまりのまちへ向けて歩き出した。
 ひとりぼっちがあんなに淋しかった。二人以上に、慣れすぎていた。そして、己からひとりのなることを望んだ。でもやっぱり、二人以上でいたかった。 置いていかれることがトラウマになり、必要以上に近寄るのをやめた。
 でも今、こんなにも二人がうれしいことはない。この子の存在が、心から、何よりも嬉しい。共に入れること、神に感謝するくらいに。


「あれが…はじまりのまち?」
「ソうだヨ。かわイいマチでしョ?」


 イヴモンの記憶を頼りにやってきた場所は、彼が言うとおり、かわいらしさが引き立つ、かなりメルヘンチックな造りだった。どちらかと言えば、こちらの方がおもちゃのまちという名前に近い外装だと思った。
 夕陽を背負い、一歩踏み出すと、中から赤ん坊のような鳴き声が聞こえてきた。


「あかちゃんのこえ、」
「ベビーデジモンかナ。生まレタばカりノ子がイるかもヨ?」


 その言葉に、栞はぱっと顔を明るくさせた。己よりも幼い命を見たのは、実は一回だけしかない。その子を見たといっても赤子の時ではなく、少しだけ喋れるくらいの年齢だったので、抱き上げるという行為もできなかった。だから、たとえそれがデジモンであっても、一度で良いから抱いてみたかった。


「イヴモン、はやく行こう!」
「まっタく、」


 そう言うイヴモンの顔も、とても楽しそうだった。

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