029 そこに愛はあるか




 腕に抱く幼年期のデジモンが、何かに怯えるように震え始めた。どうしたのかと問うても、彼女はただピーピー鳴くだけで、応えることができない。不安だけを取り払おうと強く抱きしめても、それは変わらなかった。


「どうしたの?ウンチ?」
「…違ウ、あいつがくル!」
「タケル、上だよ!」


 デジモンは、自ずと同じものの気配に敏感だ。パタモンの声に、栞とタケルは上空を見上げた。そして息を呑む。
 崖の上に正気を失った、レオモンがいた。


「エアショット!」


 精一杯の抵抗として成長期のわざをぶつけるが、完全体のレオモンはびくともしない。むしろ返って火を点けてしまったみたいで、彼は軽快に崖をくだってきた。
 栞はたまらずタケルの手を取った。自分よりもはるかに小さな手。この手を、守らなければいけない。果たして、守れるだろうか。 否、答えなど必要ない。 冷や汗が背中を伝うが、かまわず栞は走った。イヴモンとパタモンが先導してくれたおかげで、すんなりと森に身を潜めることができた。
 タケルを庇いながらレオモンの様子を窺う栞の耳に、パタモンの声が届いた。


「レオモンも元はいいデジモンなんだ…」


 パタモンが、ほとんど泣きそうな声で言った。


「だから黒い歯車の力を取ってあげられれば…」
「そうか、でも…どうやって」


 ぎゅ、と握りしめられた手を握り返す。汗ばんだ手が恐れを表していた。


「聞こえるか、ガキ!」


 栞とタケルは相手に気づかれないように身を屈めながら、声のする方へと顔を出す。そこにいたのは、幼年期デジモンを人質に取って高笑いをしているオーガモンだった。レオモンとは違い、操られているわけではないのに、あの様子。栞は少しだけ心がずくんと痛むのを感じた。


―――……もともと悪いデジモンなんていないから。


 浮かんだフレーズに、栞はふるふると顔を横に振った。しかし、実際は、まだ己を守る術すら持たないか弱い幼年期デジモンを盾にしているオーガモンは、正真正銘悪い奴だ。


「どうせビビって隠れてんだろ!大人しく出てきやがれ!」


 びくりとタケルの身体が揺れたのを見て、栞は焦燥感に駆られた。縋るようなタケルの瞳は、綺麗に蒼く光り輝いている。 ああ、どうすればいいのだろう。少しずつ心臓のスピードが速さを増す。それは、クラスメイト全員の前で発表させられるあの時と酷く似ていた。

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