「タケル、!」
「お兄ちゃん…!」
ガルルモンに乗ったヤマトが綻んだ顔を、タケルに向ける。知らずうちにタケルの瞳も、ほっと揺らいだ。ガルルモンが一気に跳躍し二人の前まで来ると、ヤマトは急いでタケルの安否を確認するためにその小さな身体を抱きしめた。
「無事でよかった…」
「僕平気だよ!栞さんがいてくれたから」
「あ、と…栞も、無事だな」
「うん、…来てくれてありがとう」
胸元を押さえながら控えめに微笑む栞に、ヤマトは顔を崩す。咄嗟のことだったがタケルのことしか頭になかった自分を叱り、その身体に1つの傷がないのを確認して、彼は頷いた。
「ガルルモン!近くに来ていたのか…!」
オーガモンの低く唸る声を聞き、ヤマトは挑発的に笑って見せた。その目がオーガモンの腕の中を見ていることを知ると、彼はすぐさま自分の腕に、人質に取ったはずの幼年期デジモンがいないことに気づいた。
「この子は返してもらったぜ!」
「八神くん、っ!」
「栞、タケル!無事だったんだな!」
日頃からサッカーで鍛えた身のこなしで幼年期デジモンを奪い取り、それから彼は栞とタケルを見て元気よく笑った。ヤマトとは違い、そこまで心配していなかったものの、目の前で無事な姿を見れば、安心するものだ。
既にガルルモンと戦っているレオモンをちらりと見てから、太一は自分の後ろを指さした。
「お前の相手はグレイモンだ!」
「任せて太一!…メガフレイム!」
「おわっ!おいおい、俺様の自慢の髪がこげちまったじゃねーかよ!ちっ、俺様はな、まともに戦っても強えんだよ!」
意味深に笑ったあと、オーガモンは一気に跳躍して、グレイモンの額にこん棒をぶつけた。その勢いが強かったのか、不意打ちだったからかは知れないが、グレイモンは一瞬だけふらついた。レオモンもいつもの調子を取り戻したかのように、ガルルモンを相手をいとも簡単にこなしていた。
ふ、と栞は変な音が聞こえることに気づいて、空を見上げた。
「歯車、?」
名を呼んだとて、歯車の動きは止まらない。 あれはどこへ向かっているのだろう。栞は思わず眉を寄せた。更に歯車の動きは早まる、空を駆け、そして目指すはある一点。
気づいた時には、すでに遅かった。
「レオモン!」
栞が名を呼んだ。しかし、その歯車はレオモンのすべての感覚を支配する。それは追加されたものが混ざり、大きな闇へと進化した。
「グオ、オオ…ッ!」
全て、分からなくなっていた。
正義をあの人と語った日のことも、世界の破滅を知り泣いたあの人の声も、あの人の瞳も、言葉も、笑顔も、――姿さえも。
「ぐお、おおおおおお…っ!」
己の心が葛藤する。悪魔と天使が戦う。しかし、結末はただ1つ。闇へと繋がる道しか残されてはいなかった。
「レオモン!!」
「、栞!」
一歩前へ出ようとした栞の手を掴んだのは、ヤマトだった。振り返る瞳はヤマトを責めるが、彼は頑なに離そうとはしなかった。強く否定されようが、その手を離したら、栞があの闇につかまってしまうのを、ヤマトは無意識のうちに拒んだのだ。
そして再び視線はレオモンへと戻る。在りし日の彼の面影は、もうどこにもなかった。生気の失われた瞳は宙を舞い、黒く変貌した身体は闇の象徴。彼は、完全に闇に呑まれてしまった。その定まらない焦点は、まずガルルモンを捉えた。
「っ、まずい、逃げろガルルモン!」
は、として気づいたヤマトだったが、レオモンのスピードの方が勝っていたらしく、彼は素早い動きで獣王拳をガルルモンに向けた。思わず掴んでいた栞の手を離して、ヤマトはガルルモンに駆け寄った。
次にレオモンが標的に選んだのは、目に入ったグレイモンだった。決めるや否や、素早い動作でまたも獣王拳を繰り出し、グレイモンは反応シキれず直に攻撃を受け、その場に倒れた。
「すげぇ…」
思わずオーガモンは賞賛を出し、それから慌てて口を押さえながら首を振った。
「選バレシ子供タチ…倒ス! 最モ小サキ子供…、倒ス!」
首がこちらを向いた瞬間、その拳がタケルに向けられた。殺気だったレオモンのオーラのせいか、タケルは立ちすくみ、動くことすらままならない。
「逃げろ、タケル!…タケル!」
「お、おにいちゃん、」
ガタガタ震える身体では、逃げることすらできない。
「タケル!」
太一も叫んだ。
グレイモンもガルルモンも動きを封じられ、パタモンは進化できない今、彼らに助けるすべはない。
―――…ん?どうしたんだ、栞」
―――…お兄ちゃん、栞、弟か妹が欲しいな。
―――…は?
―――…だって、隣の赤ちゃん、すごく可愛いよ。
―――…あ、あぁ…そういうことか。んー…と、あのな、栞。赤ちゃんはお母さんがいなきゃ。
―――…だめなの…?
―――…うわ、泣くな!俺が父さんに怒られるだろ!…そうだな。栞、石田さん家の赤ちゃん、可愛いだろ?
―――…うん。
―――…ならその子をたくさん可愛がってやればいい。守ってあげればいい。
―――…うん!
―――…まあ俺はお前だけで十分だから。栞も、俺がいればいいだろ?
「…うん、お兄ちゃん。そうだね」
もうダメだ。タケルは無意識にそう思った。それもそのはず、あんなにも強くて逞しいガルルモンもグレイモンもやられてしまったのだ。勝ち目はない。 そんな思いを打ち消すかのように、ふわりと何かが舞い降りた。 それはまた、神に見えた。
「タケルくんは、やらせはしない」
強い力で、震える手で、タケルは抱きしめられた。暖かい身体が触れた瞬間、怖さは一瞬にして吹き飛んだ。
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