031 それは生ぬるい絶望




 黒い部屋に佇む黒い影。デビモンは、忌々しげに顔を歪めていた。


「もはや、私自身が戦うしかないようだな…」


 俯かせていた顔を思い切り上げれば、その瞳には憎らしい光の粒が見えた。守人とともにデジタルワールドを救う選ばれし子供たち。その中でもっとも小さきもののパートナーである、あのデジモン。


「ヤツに進化する前に、なんとしても…!」
「お、おれにも、俺にももう一回チャンスを!」


 威圧感をたっぷり放出させるデビモンに怯えながらも、オーガモンはここぞと声を張った。失敗しか犯さないで、もはやデビモンの愛想も尽きたことだろう。だからこそ、目の前の闇が大きくても、勇気を出さなければ自分も消されてしまうかもしれない。子供たちとは大きく異なるが、これも勇気の形であった。


「…ふん」


 顔にたくさんの脂汗を浮かべ、必死に懇願するオーガモンを一瞥して、デビモンは鼻で笑った。そしてその後、高らかに笑った。


「ああ、もちろん戦わせてやるさ。…私の一部としてな!」
「…え?」
「デスクロウ!」


 言葉とともにデビモンの腕が伸びて、オーガモンの首を掴み、宙にまで引き上げる。苦しさ故に、オーガモンはその腕から逃れようと必死にもがいたが、デビモンの力は彼の微力な力よりも勝っていた。


「ぐ、ぐわぁあっ!」


 悲鳴を後に、オーガモンは歯車と化した。ガラガラと音を立てて、歯車はデビモンの周りを旋回し始めた。


「我が下に集え!暗黒の力よ!」


 両手を広げ、まるで己が神になったかのような錯覚すら起きる。


「このファイル島を、お前たちの墓場にしてくれる!選ばれし子供たちよ!」


 黒い黒い歯車は、やがて世界を覆うだろう。
 小さな小さな勇気は、やがて世界を救うだろう。


★ ★ ★




 再びムゲンマウンテンへと舞い降りた子供たちは、空が暗闇に覆われていくをその目で見ていた。翳りが生じ、顔に暗い影を差す。栞は、その闇の大きさに恐怖心を煽られて、思わず一歩後退してしまった。


「大丈夫だ」


 その時、ふと太一が栞の肩に手を置いた。本当は自分も怖いはずなのに、力強い力で、栞を元気づけてくれた。


―――……ああ、一人ではないのだ。


 たったその一言だけで、自然と、恐怖心も薄れていった。
 太一の顔を見れば、いつものような明るい笑みを浮かべ、栞を見返してくれた。たったそれだけで、栞は自分の中に勇気が湧いていくのを感じた。


「大丈夫だからな!」
「…うん」


 頷いて、凜とムゲンマウンテンを見据える。今ならきっと何でも出来る。そう、思っている自分がいた。
 その時だった。以前感じた地響きよりも、もう一段階大きい地響きが聞こえ、子供たちは身を寄せ合った。ゴ、ゴゴゴ。そんな音がはっきりと耳に届いた時、ミミの手が栞に触れ、震える彼女の手を栞はしっかりと握りしめていた。


「栞、気ヲつけテ」


 そういうイヴモンは、いつも以上に冷静だった。反対にその声は、憎しみに溢れているようで、少しだけぞくりと背筋が震えた。
 それに気づいたのか、そうでないのか。イヴモンは幾分か声を和らげて、苦笑した。


「ヤツは闇を糧トすル。 闇に、身を囚われないで」


―――……泣くな、栞。闇を恐れるな。闇は、お前と一緒にある。飲み込まれるな。


 イヴモンの声が遠き日の兄と重なり、栞は必死に頷いた。そうしなければ、兄の残像すら消えてしまうような気がしたからだ。
 意識を現実に戻せば、心臓が、ぎゅっと掴まれるような寒気がした。これが、イヴモンの言う、闇なのだろうか。ミミの手を再度強く握り、その手に縋って、自身を強く保とうと試みた。しかしその闇は、徐々に大きくなり、やがてはムゲンマウンテンのみではなく、このファイル島全体を覆い被さるようになった。その中に、栞は、彼の存在を見つけた。


「デビ、モン…」
「な、なんだって?」
「あ、あれ、デビモンなのか!?」


 歯車を身に受け、闇だけで心を覆い、彼は完全なるデビモンへと進化していた。それはまず、巨大化という形で彼女たちの目の前に現れた。

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