「なっ、なんであんなに大きいのよ!?」
「幻覚とかじゃないんですか!?」


 焦る子供たちとは裏腹に、レオモンは冷静に言った。


「いや…あれは暗黒の力で巨大化しているのだ。おそらくは、」
「…うン」


 ちらりとレオモンはイヴモンを一瞥し、視線を感じたイヴモンは、元気なく頷いた。彼の瞳は未だ巨大なデビモンを映し、憎悪の念をぶつけていた。


「栞が、こノ場にいルかラ。ソレだけデ、大きナ力を得たアイツハ、更に強大ナ力を得るコとが可能ニなル」
「私が…」
「ダカら栞。君は決しテ闇に身ヲ堕とシテはいケないヨ。声ガ聞こえテモ、無視すルんダ。…デキるネ?」


 やさしい言葉に、強い意志。
 栞は、素直に頷くことが、どうしてもできなかった。何かが胸の奥で引っかかり続けている。答えは、まだ見つけることができなかった。


「話している場合じゃないぞ!あいつがくる!」
「タケルは俺の後ろにいろ!いいな?」
「う、うん…!」
「大丈夫、太一たちは僕たちが守るから!」


 アグモンの言葉を筆頭に、各々のデジモンたちは一斉に頷いた。パートナーを守ること。それが、彼らに課せられた、運命なのだから。


「…ッ!」


 ずきり、と胸の奥が痛む。いつもの発作ではない痛みに、栞は眉根を寄せて、ペンダントを握りしめた。
 デビモンは初め何かを捜すように辺りを見回し、それから無数の光を見つけた。不愉快な光は、消さなければならない。ぐるりと大きな体を翻し、彼女たちを視界に入れる。それからにやりと笑い、ムゲンマウンテンの頂上から、まるで誕生するかのように立ち上がった。


「闇が、… 近づいてくる、」


 ドクン、ドクン。 ドクン。
 一際大きくなった心臓の音に、栞は頭の中で何かが覚醒するような気がした。最近は専らそうだと思った。気がつくと何かが始まり、そして気がつくともう終わっていた。だからたとえ栞が当事者であっても、彼女は何も知らなかった。最初は無意識のうちだったから仕方なかったが、今ではそれがいつくるのかも栞には分かっていた。だからこそ、それではいけないのだと思う。


「ダメ…だ…」


 気を失ってはいけない。みんなとともに戦いたいと、強く願った。
 戦うことがすべてではなく、傷つかない方法があるなら、それに越したことはない。だが、それではなにも始まらなかった。何かを失って初めて、何かを得ることができる。それを栞は、初めから知っていた。だが実行には移せなかった。…答えはすべて、怖かったからだ。傷つけることが怖かった。傷つけられることが怖かった。そして全てに恐怖心を抱くようになった。しかしそれがいつの時でも正解になるはずはない。時には傷つけ、傷つけられながら生きていかなければいけない。そうやって、人は成長していくのだ。


「行くぞ!みんなで!!」


 高らかな声が聞こえた。それは、勇気のある言葉だった。声だった。
 太一はいつでも、勇気を持っていた。そんな勇気がいつも羨ましくて仕方なかった。


「愚かな…」


 以前聞いた時よりも数段気迫のある声は、地面を這い、子供たちに届いた。確かにこの状況を見て、愚かではないというほうがおかしい。それでも希望を携え、勇気のある瞳を向けてくる人間を見て、歯車がぎしりと歪んだ音を立てる。


(何故だ…)


 何故彼らの希望は途絶えないのだ。
 何故彼らの勇気は終わりを知らないのだ。


(守人… 守人だ、)


 一人の少年の背によって庇われた、一人の少女。
 訴えかけるような瞳で、己を見つめている。


(そんなものは、いらない。…いらない)


 そんなものが欲しかったわけではない。あんな顔が見たかったわけではない。
 心などとうに捨てた。感情など、もう残ってなどいない。それでも、彼女の笑顔は、ずっと見ていたいと思っていた。 柔らかい笑顔が、好きだった。

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