空高く浮上している空は、口元に手をあてて何かを訴えていた。耳を澄ましてその声を拾うと、子供たちは耳に手をあてる。
「みんな!!今のうちに進化よ!」
やがて聞こえた声に、太一―――彼は瞳に闘志を燃やした。
そうだ。折角丈と空が作ってくれたチャンスを、無駄にしてはいけない。闇により消耗した体力を震い上がらせるように、太一は両頬をぱんと叩いて立ち上がる。
「アグモン!いけるな!?」
「うん!任せて、太一!」
「よっしゃあ!行くぞ、みんな!」
「おう!」
空から舞い降りた2つの希望は、6つの希望に火を点けた。
ヤマトはしっかりとガブモンを見つめ、ガブモンも彼の要望にこたえるようにスッと立ちあがる。彼を先頭に光子郎、ミミ、太一がデジヴァイスを握り締めた。
「ガブモン進化!!ガルルモン!!」
「頼むぞガルルモン!」
「テントモン進化!!カブテリモン!!」
「お願いしますよ、カブテリモン!」
「パルモン進化!!トゲモン!!」
「頑張って!トゲモン!」
「アグモン進化!!グレイモン!!」
「行け!グレイモンっ!」
進化を遂げたデジモンたちは、四方に広がり、あらゆる方面からの攻撃を試みた。メガフレイムは脇腹から、フォックスファイヤーは上方から。2つのエネルギーがかさなり、デビモンの身体が一瞬だけぐらついた。
「やったか!?」
しかしグレイモンもガルルモンも、巨大なデビモンの前には、ちっぽけな攻撃でしかなかった。彼は腕を一振りして、二匹の身体を払った。それはまるで、人間が蚊を煩わしく思うような行動に酷く似ていた。
「グレイモン!」
「ガルルモン…!」
「そんな攻撃が私に効くと思ってるのか!?」
苦渋の表情を浮かべたイヴモンの前を、二匹のデジモンが飛んでいった。
彼らの願いは叶うわけはない―――少しだけ、イヴモンは他人事のように考える自分を叱咤した。イヴモンは彼らに『祈り』を託さなければならなかった。栞を守るために、栞を助けるためには、彼らの力しか残されていない。己の無力な光など、必要ではないのだ。彼は心の中に芽生えたモノをそっとしまいこみ、暴れそうなほど跳ね上がるモノを目を瞑ることで押さえつけた。
「メガプラスター!」
「ちくちくバンバン!」
「馬鹿め、無駄だ!」
「「ぐわぁああ!!」」
はたき落とされたカブテリモンが、地面にいるトゲモンにぶつかり、二匹は地面に伏した。
「カブテリモン!」
「いやぁ!トゲモン!」
悲痛な声が飛び交う、まるでタイムスリップした戦場にいるかのようだと思った。響き渡るのは銃声ではないが、それよりももっと鈍くて、もっと荒々しいものである。栞は握り締めた掌を、開けずにいた。
「他愛もない。…守人は、私が頂く!」
「ッ栞、逃げろー!」
「―――…あ、」
声なき声が漏れる。これはまるで地獄絵図だ。子供たちはデジモンたちのもとへと駆け寄り、その身体を労る。今、この場で栞を守れるものはいない。
「さあ守人、私とともに…」
「させはしない!!」
ザッと勢いよく踏み出す音が栞の耳に届き、急いで横を見れば、傷ついた身体でレオモンはデビモンに向かっていった。
「守人の、守人のお心を忘れたのか!あのお方は、我らすべての始祖であり、我ら自身でもある!何故…、何故それを理解しようとしないのだ!」
その言葉に、一瞬だけデビモンの動きが停止する。揺らぐ世界の中で、デビモンは己の闇だけを、ただただ信じた。
―――…『封印』か。怖くないなんて言ったら、嘘になるけど……。
―――… ねえ 聞こえる?誰かが泣いているの。わたしは、あの子を助けたい。
黒く塗りつぶされた己を抱きかかえるように、彼は、低く咆哮した。
レオモンは目の前のデジモンを、知っていた。おそらく、彼は、ただ望んでいたのだ。レオモンは、そのことを、最初から気付いていたのかもしれない。けれど、そうしたら彼を討伐することを、躊躇ってしまう。ほら、現在、レオモンの手は止まってしまった。振りかざした拳は空を切るだけだ。――アレも、同じことを、望んでいたのなら。くしゃりとレオモンの顔が、歪んだ。
「ケッ、甘いぜ、レオモン!」
デビモンの背中から、すっと現れたのは、デビモンによって同化させられたはずのオーガモンだった。この時を待っていたとばかりに、オーガモンの棍棒は油断していたレオモンの頭を直撃した。
「レオモンっ!!」
悲鳴に似た栞の声が、あたりに響く。レオモンのもとまで駆け寄ろうとする栞を、イヴモンは精一杯の小さな身体で押しとどめた。
「レオモン、レオモンっ!」
「落ち着け、栞!君が行ってしまったら、何のためにレオモンは身を挺してまで、君を守ったっていうんだ!!」
「あ、あ、…っ」
「今、君がなすべきことをすり替えるな!レオモンのためにも、頑張ったミンナのためにもだ!!」
ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。
なんて無力なんだろう。なんて非力なんだろう。なんて、情けないのだろう。守ってもらうことしかできないで、『守人』とは笑わせてくれる。何も、守ることもできないで、ただここにいるだけなんて苦痛にもほどがある。栞は痛いほどに頬に爪を立て、叫び声に似た声色を、その喉奥から引っ張り出した。
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