004 光が君を望むなら
彼は長い長いときを、ただ大切な人と巡り会うためだけに待っていた。かつては地表をおおっていた氷河も今はすっかり溶け、裸の大地にぽつりぽつりと樹木の芽が吹き出、だんだんと生い茂ってゆくのを、彼は遠い記憶として覚えている。
彼は言葉を知っていた。自分が何という名前で、誰を待っているかまで。彼は誰よりも、知能が発達していた。
とにかく彼は待っていた。彼女は空から降ってくるという確信めいた予感があり、来る日も来る日も、天を仰ぎ、ただひとりの少女の名を呼び続けた。
「シオリー、シオリー」
それは彼だけではなかった。他にも彼と同じように自分のパートナーとなる者をを待つ者がいた。
あるものは「タイチー」と、またあるものは「ヤマトー」と。さらに、「ソォラー」、「ジョー」、「コウシロウはーん」、「ミミー」、「タケルー」…。
ある日、「タケル」を待つものが、上空にオーロラを見つけた。
「みんな見てー」
全員で空を見上げた。運命の時がやってきたことを本能的に悟った彼らは、ぐっかたずを呑んだ。中には感極まって涙しているものもいた。空一面が一瞬ぱっと輝き、続いて、遠い悲鳴が聞こえた。
「うわああぁあああああ!」
そしてひとかたまりになっておちてくる八人の姿がはっきりと見えた。
「タイチ!タイチ!」
「ヤマト!ヤマト!」
彼らは嬉しさのあまり、それぞれが待ちこがれたパートナーの名前を連呼しながらぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。
彼は、顔を綻ばせた。やっと出会える。長い長い時を隔て、再び会うことのできる大切な人。彼は、もう一度暖かい手が降り注ぐことを、待っていたのだ。
「シオリ」
遠い未来の果てに、見えた希望の光。
その時、ひとかたまりだった子どもたちが、空中で八つに割れた時、彼らはパートナーのおおよその着地点を目算し、散り散りになった。彼も、他のもの同様に己のパートナーのもとへと急いだ。
★ ★ ★
どんっと鈍い音をたてて、栞は地面に投げ出された。
「痛、っ」
反射的に言ったものの、実際はそれほど痛くなかった。しかし落ちた衝撃で掠り傷を作ってしまったらしく、微かに膝から滲み出ている血に、じわりと涙が浮かぶ。
「痛い…」
ここがどこなのか、そんなものはもう頭の中から消え去っていた。
誰もいない。今自分がここにいるのがあのオーロラのせいだと言うのなら、空やヤマトや光子郎やミミたちがいるはずなのにと、また涙が溢れてくる。いつも栞が泣くと、必ずと言っていいほど直ぐに一馬が素っ飛んでくる。そして、あの時と同じく、強く手を握ってくれるのだ。
だけど今はそれがない、完全に一人だと思い知らされる。
「…お兄、ちゃん…」
兄の名を無意識に呟いて、その場に蹲った。あふれる涙を抑えようと鼻を啜れば、スンという音があたりに響いた。
周囲は林の中。余計なことを考えなければ、今いるこの土地はキャンプ地のどこかと思うが、さっきまでのひんやりとした空気とは違う、湿気を帯びたジメジメとした熱気に違和感を覚える。
「ネ、何で泣いテイるノ?」
「…え?」
栞は思わず顔をあげる。涙の跡が頬に残っており、目の前にいるふわふわした小さなぬいぐるみは、心配そうに自分を見上げていた。栞は眼を見開き、座ったまま後退しようとした時、そのぬいぐるみはにっこりと笑って飛び跳ねた。
「栞、栞ニ会えタ!」
声に合わせて、その口が生き物のように動いた。
「え…?」
栞には何が何だか分からなかったが、ぬいぐるみが至極嬉しそうなので、目をぱちくりと瞬かせた。
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