033 そうやって明日に嘆くより
ぐらりと視界が歪み、彼は知らぬうちに手をついていた。そうして彼はまた一つのことを吸収していく。
煌びやかな世界は知らなかったが、彼は一つの世界だけを知っていた。そこは自由な生き物が自由に生きる素晴らしい世界。
「デジタル、ワールド」
★ ★ ★
「デビモンを倒したとはなかなかやるのう…」
立体映像の老人は、しわくちゃだらけの顔を崩して、優しく微笑んだ。しかし何も知らない子供たちの警戒心は増すばかりだった。
「お前は誰なんだ…?」
「デビモンの仲間なのか!?」
訝しげに太一が尋ねると、便乗してヤマトがほとんど叫ぶように言った。敏感になりすぎるくらいが丁度いい。それを彼らは先ほどまでの戦いで思い知ったのだ。
「違うよ、」
その声は、思ったよりも、冷静に喉を通った。何故だか、栞自身も分からない。ただ、否定をしなくてはいけないと無意識に思ったのだ。彼女は言ってから、自分の口をはっとして押さえた。まるで、何かに操られているような感覚に、少し気味が悪かったのかもしれない。
「その通りじゃ、心配せんでいい。わしはお前たちの味方じゃ…」
「私たちの他にも、この世界に人間がいたなんて…」
そう、今まで彼らが見てきたものは、全てデジモンだけだった。人を探して歩き出したのが、この冒険の始まりでもあった。しかし、その期待は幾度となく裏切られ、もはやこの島に人間がいるという望みは絶たれていた矢先の出来事なので、驚きを隠すことはできない。
「じゃが…わしは人間であって人間ではない…」
「オバケなの!?」
どう見ても人間にしか見えない老人がそう言ったので、ミミは素っ頓狂な声を出してしまった。その後で恥ずかしくなったのかは分からないが、顔を両手で覆っていた。
「わしの名はゲンナイ…。今までデビモンの妨害があってなかなか通信できんかったがやっと会えたの…」
その瞳は、一瞬だけ栞を射止めた。栞もずっとゲンナイを見ていたため、その視線は交わる。まるで懐かしいものを見るように細められた目は、すぐに逸らされてしまった。栞は、ただゲンナイを見ていた。
「通信って…どこからしてるんですか?」
ゲンナイは周りを見渡してから、小さく頷いた。
「ここファイル島から遠く離れた海の向こうサーバ大陸からじゃ」
「ゲンナイさんはいつからそこにいるの?」
「わしは最初からこの世界におる」
「おじいさんが私たちをここに呼んだの?」
「わしじゃない」
ちょっとした期待を込めた言葉は、即座に切り捨てられた。がっくりと項垂れる空から引き継いで、太一が急かすように聞いた。
「じゃあ誰が?」
「それは……」
ちらり、ともう一度ゲンナイの視線が栞を捕らえる。それは誰に気づかれるわけでもなかったが、やはり栞はゲンナイを見ていた。再び二人の視線が交わった。今度先に逸らしたのは栞だった。何故だか耐えきれなかった。胸を押さえて、俯いた。
長い沈黙を得た後、ゲンナイはひっそりとため息をついた。
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