「…知らん」
「えー!?」
「じゃあ僕たちはどうすれば元の世界に帰ることができるのか知ってる?」


 卵を大事そうに抱えたままのタケルは、至って真剣だった。だがゲンナイは、また「知らん」と一刀両断した。次第に太一の顔色が曇り、ちぇ、と小さく舌打ちをした。


「何だよ、頼りになんねぇじいさんだな!」
「じゃがわしはお前たちを頼りにしとるぞ」
「サーバ大陸ニ、デビモンよリ強い敵がイルかラ、でショ?」


 それまで一言も喋らなかったイヴモンが、ようやく口を開いた。その言葉には刺のようなものが隠されている。なるべくオブラートで包んでいるように見えるが、開けば案外簡単にそのトゲは見つけることが出来る。
 栞はただ、俯いていた。『デビモンよりも強い敵』とは、すなわち、またエンジェモンのような犠牲を出さなくてはいけない。


「…イヴモンの通りじゃ。サーバ大陸に来て、敵を倒しておくれ…。『選ばれし子供たち』、お前たちには『守人』がついておる。お前たちならできるはずじゃ!」
「来いと言われても場所が分かりません…」
「うーむ、それもそうじゃのう。…今、お前のパソコンに地図を送ってやろう」
「えッ!?でもこのパソコンは…」
「問題はない」


 光子郎のパソコンは、この世界に来てからも、何度か起動をしている。ゲンナイはこの世界が存在し始めた時から存在するという。彼ならば、それも可能なのだろうか。
 それよりも、彼らには引っかかることがあった。そう、それはやはり『デビモンよりも強い敵』というフレーズだ。自分たちは『デビモン』を倒すにも、一匹の尊い犠牲を支払った。それ以上に強い敵というと、また誰かを犠牲にしなくてはならないかもしれない。それは、彼らにとってとても恐ろしいことだった。


「でも…デビモンよりも強い敵とだなんて…」
「いやお前たちのデジモンがもう一段階進化すれば、それも可能じゃ」
「ソうだヨ!僕ハできナいけレド、他ノみんナは進化できル。タグと紋章さエ、アレばネ」


 今にも泣きそうになってしまった栞を慰めようと、イヴモンはそのふわふわな毛を彼女の頬に押しつけた。艶やかな美しい毛は、いつもと変わらず白く輝いている。
 『タグ』と『紋章』。彼女は、その言葉に、胸の奥がざわめくのを感じた。最近では、この間隔が短くなっているのがよく分かる。栞はそこで顔をあげて、ゲンナイを見た。ゲンナイは、はるか彼方を見つめていた。


「僕たちが、そのタグと紋章、でもっと進化できるの!?」
「ああ、タグに紋章をはめこめば、更なる進化ができるのじゃ!」
「そのタグと紋章はどこにあるんです?」


 食いついたのはデジモンたちだった。もっと進化ができる?ならば、したい。進化して、強くなって、パートナーたちを守りたい。自分たちの無力さは、自分たちが一番よく分かっている。守りたいときに、守れないもどかしさも、一番よく知っている。
 輝きに満ちた瞳を受けたゲンナイは、やはり優しく笑うだけだった。


「さァのう…紋章はサーバ大陸のあちこちにバラまかれてしまったんじゃ…。それに、タグはデビモンがまとめてどこかに封印…」


 ザザッ。途端にゲンナイの影が不意にぐらりと横にぶれた。電波が届きにくい場所でラジオを聞いているように、ゲンナイの声がノイズ混じりになった。


「…い、いかん!」


 声が段々と薄れていく。薄れていくのは声だけではない。ゲンナイの色も薄く霞みはじめ、ぶれはじめる。


「デビ…の……妨害が……」
「何だって!?」


 太一が焦って聞き返したが、ゲンナイだった残像はもうノイズだらけでほとんど形が分からず、ただの薄い光の塊になっていた。口がしきりに動いて何かをしゃべっているようだが、彼らには途切れ途切れにしか聞こえなかった。


「…早く……大陸に……待って……いる…」


 最後のゲンナイの声が耳に響き渡り、やがて消える。そのうちに、ぼやけた光も煙のようにきえて、たった今、ここに誰かがいたという跡形は何も残らなかった。

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