「き、城戸さ、」
「待てよう、ジョー」
「来るなぁああっ!」


 丈に手を取られてとにかく栞は走っていた。
 男の子と手を繋ぐのは一馬以外で初めてだったのでとても恥ずかしい気持ちが大きかったのだが、それ以上に顔面蒼白の丈を見ているとそんな気持ちもいつしか消えていった。
 男子は怖い。乱暴だし、何より責められる時の声が怖い。自分のまわりには、笠井や英士たちのような優しい男子しかいなかったので、あまり慣れてはいない。しかし、丈に対しては不思議と怖いという感情は湧きあがってこなかった。おそらく丈の雰囲気が、栞の傍にいる彼らによく似ているのだろう。…一馬でもここまで臆病ではないが。
 それに、丈がパニックになっている分、栞は冷静になれるのがわかった。ここがどこだかはわからない。おそらく、さっきの―――フワモンの話を聞く分には、ここはファイル島という場所なのだろう。ファイル島、は、日本の島ではないと記憶している。ということは、ここはキャンプ場の近くではないし、自分たちがどうしてここにいるのかわからない以上、帰るすべもない。しかし、栞は一人ではなかった。そう、同じ人間の城戸丈がいた。
 そして…フワモンがいた。デジモンと名乗る不思議な生き物。ぬいぐるみみたいに愛らしい顔立ちの、ふわふわの毛におおわれた生き物。―――この生き物を見ていると、暖かくて、優しい気持ちになれるのだ。今も、プカモンと一緒になって栞たちを追っている。ふ、と笑みが漏れたのは、そのせいだろう。


「だから!付いてくるな!!放っておいてくれ!!」
「楽しいなージョー」
「来るなぁぁぁああ!!」


 おそらく、普通の人生を全うしていたのならば、こんな悲鳴を上げることはないだろう。しかも丈はまじめだ。今後いっさい、こんな悲鳴をあげることはないだろうと草むらを掻き分けた。


「う、わっ…」


 そして丈は急に立ち止まる。立ち止まった反動で、後ろの栞が丈の背中に顔をぶつけてしまった。鼻を押さえながら、前を見ると当然ながら丈の背中が目にうつった。その背中が、ぱっと輝いたように見えたのは、何も栞の気のせいではないだろう。首をかしげながら、少しずらして、丈の目線を追う。
 祠で一緒だった顔ぶれが、そこに集まっていた。彼らも二人の姿を見て、ほっとしたようにほほを緩ませた。その中でも、武之内空は栞の姿を見ると、わっと歓喜の声をあげ、大きく手を振った。


「栞!」
「空ちゃん…」


 栞はほっとして、ちょこちょこと空の傍まで歩み寄った。よかった、『友達』がいてくれた。
 空は栞を見回してから、最後に瞳を見て、安堵の息を漏らした。


「良かったわ、探しに行こうかと思ったんだけどね。ここ、全然分からなくて。…この子も、大丈夫だって言ってて…」
「そうよ!絶対フワモンが栞を見つけるって知ってたもの!ね?」
「え、ええ」
「うン、僕が栞を見ツけたヨ。栞ガ僕のパートナーだカラ」


 ぴょん、と一気に跳躍したフワモンが栞の頭の上に乗っかった。自慢気に胸をはる(一頭身だから、どこか胸だかはあいまいだが)フワモンに栞は笑みを零す。


「本当によかった。…そういえば、また『ちゃん』付けてたわよ」
「え…?ほ、ほんと…?」
「ほんと。もう、『ちゃん』はいらないって言ったじゃない」
「もう、無意識だよ…」


 あまりにもフワモンに向ける笑みが優しかったのか、空は少し驚いた顔で、でも嬉しそうな顔で栞に話しかけた。栞は戸惑いながらそれに応じ、笑みを見せる。そんな会話を、まるで昔からの友達のように空と栞繰り広げていた時、オレンジ色の生き物を抱えたヤマトはあたりを見回した。


「俺たち、これで全部だっけ?祠にもう一人いたような記憶があるんだけど」


 ヤマトが誰ともなく問いかけたので、栞も同じようにあたりを見回した。祠で初めてあったのは泉光子郎はいる。小さなピンク色の生き物が傍にいる。そして今問いかけた石田ヤマトは弟である高石タケルの手を握っている。そして武之内空は自分の隣にいるし、城戸丈は一緒にきた。八神太一は光子郎の隣にいた。
 そうだ、一人足りない。栞が祠の中で蹲っていた時、具合が悪いのかと尋ねてきた女の子。たしかテンガロンハットをかぶった元気な美少女――名前は、たしか。


「た…太刀川さん…。太刀川さんが…」
「あ、そうだよ!ミミくんがいないんだ!!」


 おずおずとその名を出せば、丈もはっとしたようで、あわててまわりを見回すが、ミミはいない。


「きゃああああ!!」


 その代わり、ミミの存在を示すような少女の絹を裂くような悲鳴が、栞たちの耳に届いた。


「ミミくんだ!」


 丈は叫んだが、自分が先頭を切って悲鳴がする方へと走り出す勇気はない。助言を求めるように太一とヤマトの方を向いた。


「でも、声だけじゃ場所が…」


 声が聞こえた方角を見つめ、太一もヤマトも同じようにうなった。
 自分は何もできない。おそらく、丈の視線に応じた太一かヤマトがミミを助けに行くだろう。無意識に胸元をまさぐり、眉を寄せた。自分は、何もできない。誰かが、助けに行ってくれる。
 ―――しゃらん、と鈴の音が聞こえた。栞は、その鈴の音が、自分の右手から聞こえてくるのを感じて、急いでそちらの方向を見る。次いで、森の中のビジョンが頭の中に映し出された。無意識に頭を押さえた。今、自分の中で何が起こっているのだろう。すぐに心臓がどくんと鳴った。歪む視界、そして見えたのは、 走り回るミミの姿。


「あっち…」


 震える声をおさえながら、栞はミミのいる方角を指差す。


「え!?」


 驚いたのは何も太一だけではないが、代表して声を出したのは太一だった。栞の指差す方向を見つめ、それからしばらく考え、うなづいた。


「あっちだな!?」
「う、うん…。今、大きな二本の木の間を走っ、てる…」
「わかった!」


 信憑性の薄い話をいとも簡単に信じた太一は、栞の言う方向に向かって駆けだした。


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