「太一!!」
駆けだした太一のあとをすぐに追ったのは、同じサッカークラブの空だった。そのあとを光子郎が、そして丈、最後に出遅れたヤマトとタケルが。子供たちがミミのいる方向へと走っていく様子を、少し見守っていたのが、栞だった。じっとそちらを見つめている栞は決して動こうとはしなかった。
フワモンは、その名の通り、ふわりとした毛を浮かせながら栞の頭の上から地面へと飛び降りる。純粋な瞳が、栞を射抜いた。ぞくりとする。すべてを見抜かれているような、つりあがった空色の瞳。やがて栞は、いつものように、うつむいた。
「行かナくテイいノ?」
「…私が、行っても…」
邪魔になるだけだ。先ほどのビジョンがもう消えうせた。一体何のためのあらわれたのか、そしてそれが何なのか。栞は、戸惑いを隠せない様子で、フワモンを見つめた。
「…どうして、どうして…八神くんは信じてくれたのかな」
「ナにヲ?」
「わたしの、いったこと…」
急にあっちだといわれても、普通に考えて信じることは不可能に近い。栞だったら、まず不思議に思って、どうしてそんなことがわかるのか疑う。しかし、太一は何の疑いもせず、素直に栞が言った方向へと走って行った。
「助けタイって気持ちガあッたカラじャなイ?」
「え…?」
「助けたイって思ッたトコろに、助ケを差シ出す手ガあッタ。そレが、キミの手ダッた」
「でも、…でもふつう、そんな直ぐに信じられないよ」
「…栞は、ミミを助けタクはナいノ?」
澄んだ瞳で、栞は問われた。そんな問いをされるのは思ってもみなかったので、栞は虚を突かれたように、目を丸くした。それから、再び顔を下に向ける。
「どう、なんだろう。…助けたい、って思っても、…できなかったら、意味ない」
おそらく、栞は自分に素直で、なおかつ自分主義者だ。できないことはしたくないし、できれば人と関わりたくはない。幼いころのトラウマが、今もまだ心の中に棲みついている。それは、きっと、一生かかってもいやすことのできない、深い傷。栞は泣きたくなるのを、こらえた。今はここに抱きしめてくれるおばの手も、頭を撫でてくれるおじの手も、握ってくれる一馬の手もない。泣いても、何の意味も示さない。
―役に立たない自分。自分のせいで、兄は消えた。兄の重荷となっていた自分が、人と関われば、その人は嫌でも兄の二の舞になってしまうだろう。否、自分も傷つく。だから、ミミが嫌いなわけではないが、助けたいかと問われれば非。空と友達になったと言っても、そこまで踏み込んだ関係になるわけでもない。誰かがミミを助け、それからみんなが帰る方法を探して、自分はそれに乗り込むだけだ。
「じゃア、栞。サッきかラ、どウシて変な顔シてるノ?」
「え…?」
「何かヲ我慢すルよウナ、変ナ顔。僕、栞ノそんナ顔、見たクナいヨ」
ふわり、とフワモンの毛が風に乗って揺れる。
いたずらな風が、栞の髪をも揺らした。
「……っ、?」
「僕、栞ノ笑顔がすき。だいすき。もウ一度、見せテほしいヨ」
「もう、一度…?」
「キミの笑顔は、太陽のよウニ温カいかラ」
にこりと笑っているのに、どこか泣きそうな瞳。
泣きたいのは、こちらだというのに、彼の瞳を見ているとそんなこと言えなくなる。
「ミミ、助ケたいンでショ…?」
「…そんな、」
「栞ガ願うなラ、ソレは叶うヨ」
「願い事なんて、」
「だって栞は、守人だもの。この世界の、秩序だから」
ふわり、と再び髪が揺れた。
鳴ったのは、どこだろうか。心臓?それとも、鈴の音?
「栞。キミの願う事柄なら、それは何でも叶う」
フワモンは、空色の瞳をもっていた。
それは、栞の大好きな青空のような色。
かつては兄の大好きだった、青い色。
栞は、胸元を握りしめ、小さく頷いた。
「…私、太刀川さんのこと、助け、たい」
「うン」
それは、凛々しくもなく、頼りになるような声色でもない。しかし、栞のはっきりとした言葉に、フワモンは、優しく微笑んだ。
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