行くと言い切ったのはよいのだけれど、彼らはどこにいるのだろうか。悲鳴をあげていたということは、おそらくは何者かに襲われていたか危険な状態なるということだ。いつまでもその場にとどまるということはあるまい。
 栞は、先ほどのようなビジョンが脳裏に浮かばないだろうかと待っていたのだが、どうやらそれもないらしい。答えが見えない。眉を寄せて、戸惑った表情でうろうろとしている栞に、フワモンは再び優しく微笑んだ。


「キャアアアアアッ!こっちにこないでーっ!」


 そんなときだった。
 うろうろと足を行ったり来たりさせている栞の瞳に、祠であったテンガロンハットをかぶった美少女がうつった。 どのような状況下であっても、美少女は美少女であった。隣には小さなデジモンが、ぴょんぴょんと太刀川ミミのあとを必死についてきていた。


「た、太刀川さんっ!」


 一回聞いた名前なら、忘れることはない。これはちょっとした栞の特技でもあった。
 泣きそうな顔をしたミミは、栞の姿を見つけるとさらに泣きそうな顔を露わにした。みんなとは会わなかったのだろうか。自分は、太一たちに嘘をついてしまったのだろうか。背中を冷たい風が吹き抜けた。しかし、それは杞憂に終わる。なぜならば、ミミの少し後ろから彼らがミミを追いかけてきていたからだ。


「うわあああん!」


 ミミは、栞に抱きつき、泣き始めた。どうしよう、どうすればいいの。空中を、何もつかめない手がさまよう。泣くのは自分の専売特許、そして慰められるのもまた同様だった。
 ミミに抱きつかれた状態で硬直していた体が、徐々に溶けてきたのは、ほかの子供たちが彼女たちの居る場所までたどり着いたからだった。


「真田!?って、ことは、ここさっきの場所なのか…?」
「う、うん…。一歩も動いてないから、そうだよ、」
「ぐるぐる回ってたってことかしら」


 よほどたくさん走ったのだろう。現役サッカークラブで活躍している太一や空ですら、息切れしているらしく、呼吸音に変な音が混じっていた。


「それより、こんなところで止まっていると、またクワガーモンがやってきます!」


 しばらくうつむいていた光子郎は、勢いよく顔をあげてそう言い放った。やはり、その言葉には、変な音が混じっている。光子郎もサッカークラブではあるらしいが、もともと運動が得意ではないらしい。
 ―クワガーモン。聞きなれない言葉だが、と栞は首をかしげた。それから、栞は眼を見開く。ミミを追いかけていたものの姿を見たのだ。どぎついくらい真っ赤な体をした、とてつもなく巨大なクワガタ。耳をつんざく轟音と突風はそいつの羽根から生まれていた。
 今まさに、背後でクワガーモンのハサミが樹木をバリバリとなぎ倒していった。


「危ない!」


 ヤマトは思わず叫んだ。クワガーモンのハサミが、自分たちの直ぐ後ろで、ガシガシっとかみ合わせを確かめるように開いては閉じた。


「…あ、っ!」


 次のハサミが大きく開いた。子供たち全員の瞳が、大きく開かれる。


「きゃああああっ!!」


 そのハサミが、こちらへと。


―――しゃらん。 しゃらん。


 瞬間、栞の頭の中で、先ほどと同じように鈴の音が鳴り響いた。
 頭の中で、あたりには暗闇が広がっていた。しかし、鈴の音に導かれ、明るい光が差し込む。

 明るい光が、栞の体を包み込んだ。

 まるで薄いベールのようなそれは、近くにいた子供たちに何重にも覆いかぶさった。大きくなったベールにより、ハサミははばかれる。確実に当たるはずだった空間で、ガシンと、ハンマーとハンマーをぶつけたような重い金属音だけを立てた。ハサミをやられたことからか、クワガーモンの体が大きく揺らめいた。ブゥウンという羽音を立てて、遠くへと飛び去った。


「ッ今ノうちニ、はやク!」


 不可解な出来事に驚く子供たちを我に返らせたのは、唯一冷静だったフワモンである。彼は一番呆然としていた栞の頭の上で飛び跳ねて、おのれの存在をアピールした。最初にハッと我に返ったのは太一だった。
 クワガーモンは遠くへと飛び去ったがしかし、もちろん、襲撃はそれだけではすまなかったのだ。


「っまたきたぞ!」


 ヤマトが叫んだのを聞いて、子どもたち全員が振り返った。クワガーモンは遠くの空で大きく旋回し、ふたたび子どもたちの方に向かってきた。


「ど、どうすればいい?」


 動揺した目で丈が太一に聞いた。
 それは無意識のうちに太一が頼れる奴と思ったからだった。


「どうするって…。逃げるしかないだろ!」


 丈の目が迫り来るクワガタ怪獣の姿におびえおののいている。ヤマトも、タケルを背負いながら、警戒している。ミミや空は、怖がっている。光子郎の冷静な頭は、逃げることを叩きだしているのか、足の方向は違う方へと向いている。栞の瞳は、ただクワガーモンをとらえていた。
 できることならば、逃げることなど、太一はしたくはなかった。しかし、全員のことを考えれば、思考は消極的にならざるを得なかった。


「真田!どっか安全な場所はないか?」


 ミミを見つけ出した一件もあったせいか、それとも今さっきの光のベールの件のせいか。太一は不信感を抱くことなく、栞の神がかった能力に何かを見出したらしい。走りながら話を振られた栞は、眼を丸くしてから、うるさく鳴る胸をおさえ、ぎゅと目をつむった。とたんに、現れたのは林の中。彼女は無言のまま、そちらの方向を指差した。太一はまた何ら疑うことなく、そちらの方向へと走り出した。
 栞は、自分の中で何が起こっているのか、ただ不安になっていた。


17/07/22 訂正
10/05/30 訂正
08/01/15

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