「それより、降りてきたんだから戻る道もあると僕は思う!」
「…そうね。とにかく戻ってみればどうしてこんなところに来たのか何か手がかりがあるかも…」
「えーっ!?でもさっきみたいなのが他にもいるんじゃない?」
「いるわよ!」
明かなるミミの拒絶に、パルモンは笑顔で答えた。
栞の顔が、少しだけひきつった。彼女は、虫は、あまり得意ではなかった。
「危険はおかしたくないな…」
やはりタケルのことを考えれば考えただけ、消極的になるヤマトに、栞はここぞとばかりに一生懸命うなづいた。他人は苦手だが、虫も同様に苦手だということだ。
「う、うん…危険なことはやめた方がいいと思う…」
「そうだなー…」
確かめるような言い方のはずなのに、少しばかり熱気がこめられている。単純な太一はころりとそれもそうだとうなづいた。腰に手をあて、太一はアグモンを振り返る。
「他の人間は?」
「人間?太一みたいなの?…見たことないよ、ここにはデジモンしかいないんだ」
「デジモンしかって言っても、オマエら結構色んなカッコしてるよな?」
「ここ――『ファイル島』、って言ったよね?」
「うン、そうダヨ」
「ファイル島なあ…なあ、知ってるか?」
「本当に島なのかい?僕は聞いたことがないね」
子供たちは、困惑と不安に挟まれた。
ファイル島、孤島、デジモン、いない、人間、―――都合よくあの時みたいに知識が舞い降りてくるわけではない。段々と頭の中がこんがらがってくる。中途半端な知識が頭にたたき込まれるせいだろうか。分かることと、分からないことが頭の中でぐるぐる回っていて、余計に訳が分からなくなってくる。栞は不安気に胸元のペンダントをにぎった。
「日本じゃないのか…」
がっかりしたような声を出したのは、最年長の丈だった。ショックが隠しきれないようだ。
栞も、ショックではあった。おととい―――キャンプにくる前の日、結人と約束したことがあった。
―――…来週、サッカーの試合あるんだ。栞ちゃん、見に来てくれる?
その問いに、栞はうんと大きくうなづいた。彼らがサッカーをしている姿が、栞は大好きだったのだ。それともう一つ、そのあと、一馬から聞いたのだが、その日は英士のいとこである彼もくるというのだ。からかわれることもあるけれど、栞は優しい彼がだいすきだった。
徐々に自分の顔色が曇っていくのが分かった。
「…あー…とにかく行こうぜ。ここでじっとしててもしょうがないだろ」
明るい声が聞こえて、栞も顔をあげた。始終笑顔の太一が歩き出すと、つられるように子供たちの足が一歩、一歩と歩きだしていた。この時の太一の笑顔の意味など、栞に知る由もないが、遅れをとらないよう栞の足も進みだした。
「…見たことない木ね」
「亜熱帯かと思ったけど…そうでもないみたいですね」
「やっぱり日本じゃないのか…。どうも妙だ」
「だいたいこのデジタルモンスターってモンからして妙だぜ」
「デジタルモンスター…。栞さん、どう思います?」
みんなが口々に思っていることを述べていく中、栞は、子供たちの一歩後ろを静かに歩いていた。
予想だにしていなかった話のふりに、栞はのどをつまらせ、少しだけむせた。ごほ、ごほと小さく咳をすると、前を歩いていた空が栞の背中に腕を伸ばし、何度かなでる。すみません、と光子郎が申し訳なさそうに呟くので、栞は急いで首を横に振った。空にありがとうとお礼を述べてから、話の内容を考え、口を開いた。
イヴモンは、ただ優しく栞を見ていた。
「え、と…デジタル、電子。モンスター、怪獣。…電子的な怪獣?…でもデジタルっていうような電子的な感じもしないし…。第一、現実的に考えて、こんなモンスターはテレビの中のものだし…。でもここが日本じゃない以上、それも可能なのかな、って」
「ええ、そうですね。僕も同じことを思っていました」
おそらく光子郎が栞に話をふったのは、栞が知らない間に、空が栞は結構頭よくて、理科が得意なのよと言ったからであろう。確かに今の時点では明確な答えだった。しかしだからこそ、それ以上何もわからないのだという絶望感でもある。
はぁ、と、誰かがため息をついただろうか。子供たちの間に沈黙が走った。
「なあ、ここにはデジモンしかいないって言ってたよな?」
そんな沈黙を破るように太一がアグモンに問いかけた。
「さっきのクワガーモンもデジモンなのか?」
「そうだよ、太一」
「あんなでっかいのがいるなんて…」
その言葉の続きは、誰もが予想していた。沈んだ空気をかき消すように歩く方面から潮のにおいがツンと鼻を掠めた。
「あ、」
栞の目に、海がうつった。
17/07/25 訂正
10/06/30 訂正
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