007 この手に触れるもの




「…ん…、海のにおいがしてきた」


 その言葉に栞とイヴモンは顔を見合わせた。


「あー、見えたよ!海だー!!」


 その言葉にみんなが走り出した。
 海岸方面に向かううちにジリリリリーンと音がしてきた。それが聞きなれた電話の音だということはすぐにわかり、子供たちは一様に首を傾げる。


「公衆電話?」
「海に公衆電話なんて…」


 だが、絶望が一気に希望へのぼりつめていく。ここは日本かもしれない!
 太一を筆頭に走っていくと砂浜が見えた。そしてそのありえない光景に、目がおかしくなってしまったのではないか、と誰もが思った。
 綺麗な海に、白い砂浜、よく映える青空、そして5つの電話ボックス。どういうことなのか、一斉に首をかしげた。ありえないだろう。一言そう言いたくなるような異様な光景だ。
 栞は一瞬立ち止まって、呆気に取られた。彼女の目には、太一が走ってその電話ボックスに近づいている姿が映る。


「栞!行きましょう」
「あ、…う、うん」


 空に手を取られ、やっと太一に追いついた頃には、さっきまで鳴り響いていた電話の音が消えていた。みんなが一つの電話ボックスの前に集まった。


「不合理です…」


 最初に声を出したのは光子郎だった。


「でもこれはいつも見る電話ボックスだな」


 次いでヤマトが感心したように呟いた。
 どれくらいの間だろうか。海の波音が響く中、彼らはずっとその電話ボックスを見ていた。


「あたしの家の近くにもあるわ!」


 ミミが声をあげた。
 その言葉に、ハッとして丈は顔をあげた。


「ここはまだ日本なんだ!」
「…日本?丈、なんだそれ?」
「……」


 丈の言いたいことは分かる。
 誰でもここは日本のどこかかもしれない、と心の隅で思っているに違いない。しかしデジタルモンスター…そう、デジモンがいるのだ。ここが日本であるという考えは消え失せる。


「…やっぱり違うかも」


 丈の声が諦めに達した。


「うちに電話かける!光子郎、十円貸してくれ!」
「それならテレカがありますよ」
「サンキュー!」
「あたしもかけるわ!」
「あ、ボクもママに!」


 太一が1つの電話ボックスの中に入ると、ミミ、タケル、と続いて入って行った。5つしかない電話ボックスに、自分たちの家に電話をかける。


「もしもし、オレだけど!」
『…午前35時81分90秒をお知らせします…ピッピッピピーン…』
「な、なんだこりゃ!」


 太一の驚く声に、栞はびくりと肩を揺らした。5つしかない電話ボックスには、すでに小さな列ができていたのだが、栞は電話をかけようともせず、少し離れたところでその姿を見つめていたのだ。
 太一が電話ボックスから出てくると、栞を見つけ、また驚いたように目を見開いた。


「真田はかけないのか?」
「…う、うん、」
「ふーん。そっか。俺、今電話かけたんだけど、わけわかんねーこと言ってきてさ」


 ぎゅ、とまた無意識にペンダントを握り締めた。
 気さくに話しかけてきてくれる太一には申し訳ないけれど、栞は不安でいっぱいだった。やはり太一に対する苦手意識はぬぐえなかった───おそらく孤独とか、絶望とか、そんなのものを知らない。明るい家庭で、元気よく育ったということがよく分かる。栞にはないその全てが羨ましくて、同時に嫉ましい。

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