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ピーという電子音に、彼は小さく目を開けた。次に腕を伸ばす。それから足を屈折させる。掌を開けたり、握ったりしながら、その感覚を覚えていく。
ぼこりと泡が彼の口から洩れた。水にぬれる体を、冷たいとは思わなかった。まるで感情すべても抜け落ちてしまったかのように、彼の表情は無をまとっていた。すべてを感じるには彼にはまだ早かったのかもしれない。
彼は永い眠りについていた。彼の頭は穴だらけで、空気が漏れているようだった。もちろん、そんな頭の中で感じることは少なくて、知っていることも何もない。しかし彼は一つだけ知っていることがあった。目覚めた今でも、眠りについていたときでも、知っているのは一つの名前だった。
彼は永い眠りについていた。そして今、彼は覚醒した。彼は立ちあがる。その手も、その足も、すべてが彼のものであることを証明するように、彼に従順で、彼の要望通りに動き始めた。
彼は顔をあげ、空を見上げた。そこには、彼女の大好きだった青空が広がっていた。
「…シオリ」
何も感じない心に、ぽっと明かりがともった。
彼の無をまとっていた表情が、柔らかなものへとかわった。
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あれから数分が過ぎ、栞は先ほどよりも居心地のよさを感じていた。なんとなくだが、太一との距離が、縮まったような気がする。
子供たちが砂浜に座り込んで今後について話し合おうとしているのだが、丈だけが未だ電話ボックスの中から動かずに、電話をかけようとしていた。
「結構しつこい性格してるんですね」
「丈らしいよ」
そんな呆れられていることも知らずに、丈は諦めずにいろんな電話ボックスに中に入っていた。一人だけ壁に背を預けていたヤマトが、ポケットに手を突っ込みながら太一の背後に来て止まった。
「どこにかけても聞こえてくるのはでたらめな情報ばかりだな」
「もう諦めて移動しようぜ」
堰を切らして太一が立ち上がる。どうやらこの静かな空気に、耐えられなくなったらしい。彼らしいと誰かが呟いた。
「ちょっと待て。こっちからかけられなくても、向こうからかかってくる可能性があるんじゃないか?さっきみたいに鳴るかもしれないだろ」
「ここでじっとしてても時間の無駄だ!」
「暫く様子を見たらどうだと言ってるんだ!みんな疲れてるんだぞ!」
太一とヤマトの口調がだんだんと荒くなり、栞はまたペンダントを握り締める。どなり声は、彼女を不安にさせる。イヴモンが彼女の頭の上で、大丈夫だよと言わんばかりに飛び跳ねたので、栞は気を紛らわせることができた。
「お腹も減ってきましたしね…」
「…そういや、そうだな」
「誰か食べるもの持ってる?私が持っているのはこの…」
そう言って空が自分の腰に手をあてた。
「…あれ?」
そして何かの機械を手においた。
「これって…あの時、空から降ってきた…」
「あ、それ、オレも持ったままだ…」
「あたしのバックにもついてるわ」
栞もその言葉に思わず体中を手探った。空のように腰にはついてなかったが、ミミのようにバックについているわけでもなかった。どこへやってしまったのだろう、とバックの中を覗く。奥底にきらりと光る一つのものがあった。栞もそれを手にとって天に翳す。
「…これ?」
天に透かせ、何度も回転させたりして見つめた。栞のモノだけ、色がちがった。ほかの子供たちは青色の機械のはずが、栞のものは無色透明で、中身が透けていた。
「どうやらこれは何かの…」
光子郎が考え込むように顎に手をかける。だが、すぐに、ぐぅぅぅ…というお腹が鳴る音が響き渡り、光子郎は顔を赤らめて、みんなを見回した。
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