「太一ィ!!」
「太一さん!!」


 子供たちは口々に太一の名を呼んだ。


「タイチ!」
「八神くんーっ!」


 アグモンもシェルモンの腹の下で叫んだ。栞も、太一を視界に捕らえて名を叫んだ。
 抜け出したい。しかし、どんなに身をよじったところで、そこから這い出ることができない。太一は荒い息を吐きながら、シェルモンをにらみつけた。


「く、そ…!」


 シェルモンは太一を握った触手を、自分の頭の上に持っていった。太一の足の下に、黄緑色の不気味な触手がワサワサとうごめいていた。あの触手の中でもみくちゃにされて、体液を吸い尽くされてしまうのかもしれない――されるのは自分でないにしても考えただけで栞は震えあがった。


「タイチ、タイチ!」


 アグモンは叫びながら、悔しくて泣いた。


「アグモン、泣いてる…」
「え?」
「力が、ほしいって」


 誰かに言うわけでもないから、主語があるわけでもない。ただぼんやりとした言いまわしは、なんとなく理解できる。

―――…しゃらん。

 栞の頭の中で、鈴の音が響き渡った。まるで水たまりに落ちたしずくのように、波紋が広がる。

―――…しゃらん、しゃらん。

 舞い戻る、小さな願い。そして思い。栞はおのれの手を、無意識の内に見つめていた。この手に灯る小さな光を、具現化できたのなら、果たしてアグモンの願いは叶うだろうか。 彼の願い。 それは切なるもので、容易であるし困難でもある。しかし、叶えられないわけではない。 それをできるからこそ、己がある。栞は手を握り締め、アグモンを見つめた。
 触手の何本かが太一のむきだした膝に触れる。


「オレ、終わりなのか…?」


 太一は絶句して呟いたが、本能がそれを拒んでいる。


「イヤだ!死にたくない、助けて…、助けてくれ、アグモンっ!」


―――…しゃらん!


 太一の青い機械と、栞の透明無色の機械が光り輝いた。瞬間、脳内に鈴の音が立ちこめる。
 ゲージが上昇し、臨界点を突き破る。デジタルワールドの表に見えないところにまで達したそれは、頂点でまばゆい光となって炸裂し、一見無秩序な膨大な情報の集積、銀河系に匹敵するかと思われる規模の中から、光に反応した情報が選び出された。ありとあらゆるその情報は素早く栞の頭の中で整理され、必要な情報だけがたたき出される。

―――……"グレイモン"。

 一つ一つは小さな情報の輝きが、集まって流れとなり、ある一点を目指した。輝きの奔流は螺旋となって、表に見えないアグモンを構成するデータの上に降り注ぐ。形態情報が瞬時に書き換えられ、質量までも呼び込み、炎のような光とともに変化した。


「グレイモン」


 彼女はまるですべてを知っているかのように、その名を呼んだ。アグモンの体は光を帯びて、彼の脳内にすべてが叩き込まれる。戦う術、新しい姿、そうするための経緯、そうなるための過程、光、勇気――…そこでアグモンは、己の姿を見つけた。
 そして彼は咆哮する。新たな、力を。


「アグモン進化ァ、―――グレイモン!」


 守りたい。彼らの命を、守りたい。

 白光とともに現れたグレイモンは、シェルモンに引けを取らぬ巨大な体を持っていた。その姿も獰猛そのもので、まさに恐竜だった。オレンジ色の肌を持つ、巨大な恐竜。
 グレイモンは三本の鋭い爪で太一を捕まえたシェルモンをおさえこむと、顔半分を覆う兜の、鼻の上に突き出た尖った角を、シェルモンの首筋にぐさりと突き刺した。
 シュウウウウウウ!という今度の咆哮は勝ち誇ってのものではなく、ただの悲鳴だった。シェルモンがのたうち回っている間に、グレイモンはシェルモンの手から太一を助けた。

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