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「わぁ、大きな湖!」


 初めて来た場所、そして初めて見た湖に興奮するタケルは嬉しそうに飛び跳ねた。そんな様子を我が子を見守るような気持ちで見つめていたが、その喜びっぷりがあまりにも危なっかしいものだったので、ヤマトは「あんまちょろちょろすんなよ」と釘を打った。


「まぁ…、ここならキャンプに最適ね。――でも、」
「まア大丈夫ジャないカナ。僕たチには進化できるアグモンがいルんだカらサ」


 栞の頭の上で大人しくふよふよ浮いていたイヴモンが、にっこりと笑いながら言った。褒められたとすぐに感じ取ったのか、アグモンが照れたように頬を染めて笑ったので、太一はいつものようにからかった。
 相変わらず飄々としていて、危険もあまり考えていないようなイヴモンを栞は見上げた。


「どウしたノ、栞」


 不思議そうに首を傾げながら苦笑した―実際苦笑しているかどうかなんて分からなかったが、栞にはそう見えた―イヴモンに何でもないと首を横にふった。


「でも、キャンプってことはつまり野宿なんでしょ?結局どこでも同じだったじゃない」
「…まぁ、そうなるな」


 ごもっともなミミの意見に、太一はただ、頷くしかなかった。ミミが眉を寄せて文句を言いかけようと口を開いた時、子供たちを明るい光が照らした。蛍光灯のようにまばゆく発光する源を見つけるには容易かった。その源に一番近かったのは太一で、彼は眼をこすった。


「路面電車…か?」
「ど、どうしてこんなところに路面電車があるんだ」


 そう、彼らの目の前に飛び込んできたのは、おそらく見たことのないものはいないであろうといった路面電車だった。栞も何度か乗ったことがあるので、目をぱちぱちを瞬かせる。


(…なんで、路面電車…?)


 作動すれば、これほど心強いものもないが。先ほどの電話ボックスの例からしてそれは期待できないだろう。目の前にそびえたつ大きな路面電車は、その存在を証明するかのように、もう一度だけ強い光を発した。


(…なに、…あたまが、)


 ずくん、と一度だけ大きく頭の中が揺さぶられた。まるで頭を鷲掴みにされて、何度も揺らされたかのように中身がぐるぐるする。コーヒーカップに乗ってものすごい勢いでハンドルを回したときのようだ。もちろん、栞にそんな経験はない。
 子供たちはすぐに路面電車に乗り込んだり、周りを調べたりしていた。栞はただうっすらをする目の前を確立させたくて、首を何度も横にふる。


「…だめでしょ」


 イヴモンが空を見上げたまま呟けば、栞は小さな笑みを浮かべた。


「―なにが?」
「“きみ”の存在は君を揺るがすものなんだから」
「そう、か」


 彼女の口調は、少々粗っぽかった。口調とは対照的に御切なそうに微笑む姿に、イヴモンも悲しげに目じりを下げた。


「ねえ―」
「待った、…名前は呼ぶな」
「…うん、分かった。なら一つだけ教えて」
「ん?」
「君はいま、どこにいるの。…どこに、いるの」


 栞!、空の呼びかけに、栞は柔らかな笑みを浮かべて、手を振った。そして胸を示した。そのまま、ぽつり、と呟いた。


「“心の中に”」


 そして、もう一度だけ微笑んだ。


「栞ー!」


 空の呼び声に、栞は路面電車を見上げてからイヴモンを見やる。相変わらず隣に浮いていたイヴモンは、優しく微笑んでいた。


「ほラ、栞。…みんナのトコ、行コ?」


 何か、大切なものが胸を横切った気がした。栞は小さく笑みを返して、2人はみんながいる路面電車へと向かった。

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