「一馬、知ってるの…?」
「え?あ、ああ、まあな。同じサッカーやってる身としては、そりゃあ…」


 濁すように続けられた言葉に、栞はピンときた。栞も一馬も人付き合いが苦手で、特に一馬は愛想というものを振りまく人間ではないから、あまり良く思われていない。太一はサッカークラブに通っているから、一馬のことも十分知っている。そしてとりわけサッカーが上手で、クラブユースに通っているから、同じように思っているのかもしれない。


「でも、一馬じゃないよ。…おにいちゃんは、今は、いないの」
「え、ど、どういうことだ…?」
「…分からない。けど、もう、いないの」


 こういうとき、何も言えなくなる自分が、太一は情けなく思った。気休めの一言も、栞には不要であると思った。彼女の横顔が、それを語っていた。


「――だから、人とかかわるの、やめたんだ…。だって、関わったぶんだけ、離れるときが悲しくなる。苦しくなる。一人は嫌い。でも、二人以上はもっと嫌い…」


 初めて聞いた彼女の本心かもしれない。ぽつり、ぽつりと語る彼女の横顔は、少しだけ、大人びて見えた。


「今は?」
「…え?」
「俺と話してるだろ?その前だって、みんなと話してたじゃんか」
「…本当は、怖かった。でも、みんな、優しくて。…だから、だめなんだ、って思ったの。離れた時が、怖いから…」
「なんで離れた時のことを、今から考えるんだよ」


 太一のまっすぐな疑問が、栞の脳天を揺さぶる。目の前も、揺らぐ。


「そりゃ、離れちまうかもしれない。でも今は、一緒だろ?」


 太陽のような笑顔だった。今は太陽が隠れてしまっているから、比べようがないけれど、月がより一層輝いて見えたから、たぶんそうなのであろう。
 心に、ぽっと明りがともった。ぽっ、ぽっと次から次へとともされる街灯のように明るいもの。暗かった心に、差し込んだ光のようなもので、栞は小さく頷くだけしかできなかった。


「約束な」
「…やく、そく…?」
「俺は離れないっていう約束」


 そっと差し出された小指。栞が首を傾げれば、太一は彼女の手をつかみ、彼女の小さな小指と自分の小指をあわせた。かっと頬が熱くなるのさえ、太一はおかまいなしようだ。


「ゆーびきーりげんまーん」


 お約束の言葉とともに、結ばれた小指。少しだけ気恥ずかしくて、でも、嬉しかった。


「あ、そういえばさ、お前のこと名前で呼んでもいいか?」
「え…?」
「いやさ、お前だけ名字呼びってのもなーって思って。いいだろ?」
「あ、う、うん」
「よし、じゃあこれからは栞って呼ぶな!」


 半ば強引っぽかったけれど、栞は自分の意思で頷いた。太一は満足そうに笑う。
 一馬の友達である英士にしても結人にしても、ちゃん付きの名前呼びだったので、身内以外の男子に名前呼び、しかも呼び捨てされるのは彼以来だ。
 少し気恥ずかしくてそっぽを向いた時に、栞と太一とアグモンの耳に綺麗な音色が流れてきた。優しくて、少しだけ寂しい音色が奏でる誰かの心。


「ハーモニカ?」
「太一、ハーモニカって何?」
「いや、俺もよくわかんねーや」


 太一とアグモンも聞き入っているようで、静かに聞いていた。
 ハーモニカの音を聞きながら、どれだけ時間が過ぎただろうか。夏といえど夜になればだいぶ冷え込み、風に吹かれて火の勢いが小さくなってしまったので太一は薪を増やした。

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