「そういえば、お兄ちゃんは?」
タケルは先ほどから様子が見えない兄の姿を、きょろきょろと探し始め、それからふいに湖の方へと視線を向けた。
「お兄ちゃん…?」
それが疑問から確信に変わるのは、そう遅くはなかった。
タケルは小さい身体ながらも一生懸命に足を動かして、島ギリギリのラインで止まると、大きな声で「お兄ちゃん!」と叫んだ。
「タケルくん…!?」
「お兄ちゃん!!」
タケルの行動に驚いたのは栞で、彼女は真っ先にタケルの腕を掴んだ。ヤマトが湖の中にいるとしたら、それは先ほど栞が気になっていた人影の正体である。ヤマトはタケルの声に反応し、顔をあげて、大きく水かきをした。
その時だった。すべての行動が押しとどめられるかの如く、ずしんという大きな揺れが起こった。
「タ、タケルくん!」
「う、うわぁ!」
小さな身体が、湖の中へと吸い込まれていく。栞は必死になってその腕を掴んでいた。水に邪魔をされて、その腕を離しそうになるが、栞は必死にその腕を掴んだ。おそらく、栞にとって、久方ぶりに離したくないと思ったものかもしれない。
「手、つかんで、て!」
ぬるりとした水に、栞の行為はバカげたことなのだと嘲笑われるかの如く、邪魔された。それに追い打ちをかけるように、再びシードラモンが身体を揺らした。一瞬にして、島は揺れ、栞はその小さな手を、ぱっと離してしまった。
「タケルくん!!」
絶叫に似た栞の声に、何が起こったのかに丈はいち早く気づいた。
「頼む、ゴマモン!」
「あいよ、丈!」
元気よく返事をしたゴマモンは、湖の中に飛び込んだ。少しだけその顔が嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。
栞はただ茫然と自分の手を見つめ、それから目を瞑った。離れていく手に、後悔しか残らない。離してしまっては二度と戻れないということを、知っていたというのに。ガタガタと震える肩に、空の手が触れた。栞はびくりとして振り返り、その手が空のものだと分かるとほとんど泣きだしそうな顔をして俯いた。
「栞、」
「わた、私、手、離しちゃっ、」
「大丈夫よ。…ほら、見て」
ぎゅっと肩を抱かれ、栞は空の言う方向へと目を向けた。
ヤマトがタケルのもとへと泳ぎ、ゴマモンにタケルを乗せるよう指示していた。その瞳が、とても優しくて、弟を思う兄の瞳をしていた。タケルの頭へと手をおけば、タケルの顔は安心したように緩む。かつて、プールで溺れそうになった時、兄が自分を助けてくれた手と、その手が重なった。栞の震えは、消えていた。
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