「…三人とも、サッカー、しに行くんだよね?」


 四人並んで、歩いていた時、ふと栞が顔をあげた。


「私、一人でも大丈夫だよ」
「この荷物一人で運ぶのはお前じゃ無理だろ」
「でも」
「ここから家まで遠くないし、置いてからだって十分行けるから」


 英士がうまくまとめれば、栞は不本意そうだったが、こくりとうなづいた。控え目で、甘えん坊で、泣き虫で。こんなに内向的な子もそうそう見かけはしないだろうが、その分、気を許した相手にはけっこう頑固でわがままな面も見受けられる。栞は頭が回る部分があるので、ときどき一馬は手を焼いているのだ。


「栞ちゃんは見にこないの?」
「え、っと…ごめんなさい。明日はピアノの塾があって出来ないだろうから、おばさんが今日支度しなさいって…」
「あ〜、そっか。じゃあさ、今度の試合は見に来てくれる?」
「うん、!」
「っしゃ、やりぃ!栞ちゃんがきてくれるんなら、俺、すっげー頑張るからさ!」
「普段も。頑張ってよね」


 冷やかな英士の視線に、結人はうっと言葉を詰まらせた。そのあとですぐに口をとがらせて反論していたが、英士は全く相手にしていなかった。


「あら、一馬、栞。おかえりなさい」


 四人で談笑をしていれば、距離など大したことはなくて、気付いたらそこはもう自宅の前だった。庭先で洗濯ものを干していたおば――否、栞は真田家に養子に入ったわけだから厳密に言うと『母』が、彼らに気付き、柔らかな笑みを浮かべながら玄関先へと出迎えにきてくれた。
 栞は、す、と自然な態度で一馬の後ろに隠れた。栞は未だ、彼女のことを、おばと呼んでいた。


「ちゃんと買えた?」
「もちろん」
「そう、よかったわ。ありがとう、一馬」
「べつに。…俺、今から結人たちとサッカーしに行ってくる」
「あらそう。気をつけてね」


 そんな一馬とおばの会話を耳にしながら、栞は自分の腕から荷物分の重みが遠のいたことに気付き、ばっと顔をあげた。一馬たちの背中が遠くに見える。そして自分の荷物を抱え、おばは少しだけ困ったように笑っているのが見えた。ずきりと胸が痛む。―おそらくは、栞の驚いた顔を見て、そういう表情になってしまったのだろう。


「ずいぶん重たいわね、大丈夫だった?」
「……」


 まだ彼女が、“おば”であったころ、彼女に対してこんなに緊張したのだろうか。自分はおばに懐いていたはずだ。優しくて穏やかなおばが大好きだった。しかし、“母”になった彼女に対しての自分の態度はどうだろう。―わかっている。彼女は自分に害のない人間だ。むしろ、無償の愛で包み込んでくれるほど、慈しんでくれる。しかし、栞の心にはびこんだ恐怖は、そう簡単にぬぐえるものではなかった。


「…さ、中に入りましょう。外にいるだけで嫌になるくらい熱いものね」


 しかし、おばはさして気にしていないと言うように、優しく微笑んだ。栞は再度、小さく頷いた。靴を脱いで、家の中にあがる。おばはいつものように、靴をそろえ、荷物を玄関先に置いた。


「そういえば栞、さっき武之内さんっていう子から電話があったのよ」
「武、之内…?あ、空ちゃん…?」
「あら、お友達?」
「…は、い」


 肯定の意味を持って頷けば、そう、とおばの声は軽くなった。今まで過ごしてきた中で、栞から友達の話を聞いたことがない。一馬にも言えることだが、一馬にはとりあえずサッカーの友達がいる。先ほどの英士と結人がそうだ。しかし、ピアノ塾に通っている栞はピアノの仲間がいるという話は聞かないし、学校の友達の話なんてもっての外だ。だから、友達ができたという事実が、おばにしたら嬉しいのだ。


「あとで電話、しなさいね」
「…はい」


 少しだけ心配そうな顔をして、栞は小さく頷いた。

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