「それにお兄ちゃんも。本当にありがとう!」
「べ、別に…」
ヤマトは照れているのかそっぽを向いたが、その顔も心なしか嬉しそうに見えた。兄弟の合間に縫って入ることはなかったので、そろそろ、と腰を浮かした。
「栞さん、座ろう!」
だが、ぎゅ、と服の裾を掴まれて栞は座らされた。急なことだったのでガクンと膝に負担がかかったが、タケルが相も変わらずニコニコと栞を見ているので、変な顔もできなかった。ヤマトはその横に腰を下ろした。ちらりと栞の方を見て、それからすぐに湖の方へと視線を戻す。
「…石田くん?」
問いかけると、慌てたように顔を横に逸らしながら、ヤマトは口を開いた。
「…ありがとな」
「え?」
「あ、いや…タケル、助けてくれてさ」
「だ、だけど、私何も」
「あと。…聞こえたんだ」
タケルはパタモンと楽しげな会話をしていた。イヴモンもそれに混ざり、見ていてとても愛らしい。しかしヤマトは湖を見つめ、栞はそんなヤマトの横顔へと視線を送る。
ヤマトの付け足した言葉に、栞は首をかしげる。聞こえた?何がなのだろうか。
「…誰かの声、だと思うんだ。女だった。分かんないけど、でも、優しくて」
「じゃあ、その人が、ガブモンに力を与えてくれたのかも、しれないね」
「あ、ああ…」
小さく笑った栞にはそれ以上言えなかった。
―――…その声が、お前の声とよく似ていたなんて。
目を湖からゆっくりとはずし、意を決したように空を仰ぐ。
「名前、さ」
「え?」
「俺も、名前で呼んでいいか?」
「え、あ、うん、」
「あと俺も。名前でいいから」
「うん、…え?」
男の子を名前で呼ぶのはそんなにいなかった。英士や結人くらいだろうか。ずっと同じピアノ塾に通っている笠井ですら、名字呼びだというのに、と栞の顔は段々赤く染まる。それでも、『仲間』って、そういうものなのかな。『友達』って、そういうものなのかな。
「ヤ、ヤマト、くん…?」
「…ああ。え、と…栞」
一日も2人の男子から名前呼びされるとは。栞は顔を俯き、ヤマトも照れくさそうに頬を掻いた。幼い2人の恋のような甘い雰囲気に気づかないイヴモンでもなく、ぐっと眉を寄せてからタケルの腕の中から栞の腕の中へと移動した。それだけで甘い雰囲気は打ち切られ、途端に気まずい雰囲気になった。
「あ、え、えっとヤマト。あの、さ。もう一回、ハーモニカ、聞かせてよ」
空気を読めるガブモンは、ヤマトにそう言った。栞は下げていた顔をあげて、少しだけ楽しそうにした。
「わ、私も、聴きたいな」
「え?あ、ああ。大したもんじゃないけど…、いいぜ」
「やったー!パタモン、静かにしててね」
「タケルもだよ!」
ぐしゃりとタケルの頭を掻きまわしてから、ヤマトはハーモニカを取りだし、口にあてた。
静かな旋律が風に乗り、空へと舞い上がる。草木はメロディに合わせて踊っていた。水もその心地よさに静かに音を立てる。
ふと栞は空を見上げ、小さく微笑んだ。
一馬。 聞こえるかな。
とても、とても。 綺麗な音色。
みんなにも、届けばいいな。
17/07/25 訂正
10/09/14 訂正
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