013 ハリガネ青空




 彼の美しい空色の瞳は、大切な娘へと注がれる。

 たとえ世界のすべてを敵に回したとしても。
 僕は君を守るよ。

 そう。
 君の笑顔を、守るためなら。
 僕は世界のすべてだって敵に回す。



 一晩は戦いの合間に明けた。休んだのか休んでいないのかは、素直な体が教えてくれていた。きしりと痛む足だが、立ち止まるわけにもいかない。路面電車のあった湖畔を離れ、子供たちは再び歩き出し、森の中へと入った。森の中はとても涼しく、快適だ。疲れはあるが、それでも子供たちの顔には笑顔が浮かんでいた。
 歩きついた先には自分たちと同じ人間がいると信じていた。しかし隣にある存在も確かなものであった。デジモンたちは、当たり前のように、子供たちの中に溶け込んだ。
 栞は、少し立ち止まって汗を拭きながら空を見上げた。もし、この空が繋がっているのなら、一馬もこの空を見ているのだろうか。青い空には汚れ一つなくて、だからこそ余計にそう思えた。 
 白い雲が風に乗って流れ―――。


「……?」


 目を、小さく凝らしてみる。
 黒い点が、青い空の真ん中に見えた気がした。

 ゴーッ!

 勢いよく何かが駆けていく音が聞こえ、子供たちもその存在に気づいた。彼らは立ち止まって、栞と同じように空を見上げた。


「何の音だ…?」
「歯車みたいだったわね」
「歯車ぁ?」


 子供たちは口々に、空飛ぶ円盤じゃないのか、歯車型の隕石かもしれないと言うが、ヤマトがタケルの手を握りしめて、眉を寄せながら呟いた。


「何にしても、良い感じのするもんじゃないな…」


 そう、確かにヤマトの言う通り、良いものではない気がする。あの歯車のような黒い点は、誰かの心を蝕むもののような気がして、気分が悪くなる。
 無意識にペンダントを握りしめてから、視線を空の方へと向けた。少し前を歩いていた空とピヨモンは、先ほどからくっつき、離れを繰り返していた。今はちょうどピヨモンが空にすり寄っていくところだった。何となく、栞もイヴモンに手を伸ばし、それから引っ込めた。


「あたしは空がいてくれればそれで安心よ!」
「そんな100%安心されちゃっても困るんだけど…」
「100パー!?」
「いい、いいよ…。気にしないで、」


 空は多少鬱陶しく思ったが、そんなに邪険に扱うことも出来ず、最終的には引きつった笑みをピヨモンに見せている。ピヨモンはとびきりの笑顔を向けて、空にすり寄った。ピヨモンは甘え上手だった。栞はもう一度イヴモンを見た。イヴモンは目を瞬かせ、くるんと瞳を輝かせた。栞が大好きなイヴモンにとって、彼女の願望に気づかないわけがなかった。


「僕疲レちゃっタ。栞の頭の上デ休まセテー?」


 ぽふりと軽量なイヴモンが頭の上に乗っかった。栞は口元を嬉しそうに緩めた。何もかも察してくれる。ピヨモンを見ていて、なんとなく空が羨ましいと思った。いつもは甘える立場だからこそ、タケルと接しているうちに、誰かから頼りにされるということの優越感に気づいたのかもしれない。

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