「まさかね…」
「え…?」
「ううん、何でもないのよ」


 栞の大きな灰色の瞳が、きょとんと空を射る。隠すように笑顔で首を振ると、空はタイミング良く背後からピヨモンに抱きつかれた。


「空ぁ!ピヨモンたちがみんなにご馳走してくれるって!」
「本当ーっ!?」


 思わず笑顔になる空に、ピヨモンも嬉しくなって笑った。その様子を、イヴモンが空色の瞳で見ているのに気づくことなく、栞も笑顔になる。


「水ーっ!水ーっ!噴水がある!」


 最年少のタケルは大はしゃぎをしてから、嬉しそうに噴水のまわりでぴょんぴょん跳ねた。それを見ながらピョコモンも嬉しそうに集まってきた。


「この辺りはみんなミハラシ山に水源があるの!とっても美味しいんだ!」
「ミハラシ山?…あの山?」


 きょとん、と愛らしく首を傾げ、目に映った山を指さす。タケルの声に子供たちは集まり、一緒になって噴水を覗き込んだ。
 頷く勢いでピョコモンは身体ごと跳ねた。肯定の意味で受け取り、空と一緒にやってきた栞も噴水を覗き込み、それから山を見る。あの山は確か先ほどの歯車が飛んでいった方向のはずだが、と内心首を傾げて、もう一度噴水を覗き込もうとしたところで、イヴモンが栞の身体を突き飛ばした。


「った…!」
「栞!」


 どすりと尻餅を付き、咄嗟に目を瞑った。目の前にいる自分を突き飛ばした張本人であるイヴモンは、少しだけ哀しそうな顔をしていた。目を開け、状況を把握しようとした時、ボォと何か音が聞こえ(――頭の中が、痛い)栞は目を見開いた。自分の目が信じられない。噴水から、火が燃え上がっていた。


「…ゴめン、痛かっタよネ?」


 イヴモンの声にはっとする。彼はしょんぼりと肩を(らしき部位を)下げ、綺麗な瞳は悲しみに曇っていた。栞は慌てて首を横に振る。大丈夫だよ、とイヴモンに笑みを見せると、彼は安心したように笑った。


「僕は栞を守ルためニいるケド…役に立テないカラ…。こんナトころデ栞に怪我ヲ負ワせたクなクテ…、ツい、」
「私のため…に…。…私こそごめんね。でもありがとう、イヴモン」


 以前イヴモンが言っていた、ルールにより進化できないということ。もし自分に危機が迫ったとしても、イヴモンはそのルールに縛られ進化できないのだろう。ゲームでも、何でもルールは必要だ。ルールがないと、人々は規制なしに何でもできるのだから犯罪すらも起こせてしまう。否、犯罪が犯罪ではなくなる。恐らく、イヴモンのいうルールは、そういうものと同じだろう。ぼんやりと考えていると、目の前に黒い影がふり注ぐ。視線をつ、と上にやると、光子郎が心配したように栞を見ていた。


「栞さん、大丈夫ですか?あちらに池があるようなので、そちらに行くことになったのですが…」
「あ、うん…ごめんね…」
「いえ。皆さん行ってしまったようです、僕たちも行きましょう」


 立ち上がろうとした時、ぎこちなく光子郎がこちらに手を差しだしてきてくれた。あ、と思わずその手につかまり立ち上がった。いつも一馬がしてくれる動作に似ていたので、遠慮することができなかった。しかし、光子郎の顔が少しだけ赤くなっていることに気づき、栞の顔も何と朱に染まる。決して刺々しい空気ではない。ないのだが、何となく居たたまい空気ではある。
 早くみんなのところに行こうと、少しだけ早歩きになったのは言うまでもない。


17/07/25 訂正
10/09/14 訂正

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