「あ…」
誰からともなく呟かれた声と同じく、子供たちも一歩後退する。メラモンは徐々に近づいてきていた、木という木を燃やしながら。
「オレは今、燃えているんだぜえぇっ!!」
「みんなあっ!逃げろぉぉっ!」
太一の言葉に動かされ、子供たちもデジモンたちも本能の赴くまま走り出していた。池の底に眠っていた断崖の船には、小さな穴(といっても人間が通れるくらいの穴)があった。子供たちはそこへと一目散に走る。もちろんピョコモンたちも一緒だった。
「早く早く!」
「ここに隠れるんだ!」
「足下に気をつけて!」
「みんな、大丈夫!?」
空は周りを見渡し、とりあえず子供たちが全員いることを確認すると安堵の息を零した。そしてすぐに違和感を覚える。いない。いつも隣にいるピヨモンがいない。どこにいる。そして空は走ってきた方向を見た。
「空、あそこ!」
栞の言葉に、空は目を見開く。
「ピヨモン!!」
それは、喉が張り裂けるかと思うくらいの声だった。ピヨモンは己が仲間を助けるために、一人だけいまだあそこにいた。もうすぐメラモンが来るというのに、ピヨモンは気づきもしないでそこにいる。たくさんのピョコモンたちが一斉に押し寄せてくる中で、ピヨモンはまだそこにいた。
「あの馬鹿!」
どうして。どうしてそんなところにいるのよ。空は走り出していた。あの馬鹿を助けなきゃ。ピヨモンは甘えん坊で一人じゃ何もできない。私がいなきゃ、何もできない。――メラモンはすぐ傍にきているのに。「空!」という太一の制止を振りほどき、空は一気に駆けだした。
追いかけようとする太一を、栞は腕だけで止めた。待って、と言葉に出さずとも栞の視線が言おうとしていることが分かる。
「なにすんだよ!」
空を助けなければいけないのに!
思うように動けない太一は、苛立たしげに栞を睨む。びくりとした栞の肩だったけれど、彼女の瞳はメラモンを見つめている。それから視線を下に落とし、泣き出しそうな声で呟いた。
「…これは、空とピヨモンの試練、だから…」
「…え?」
囁くほどに小さくて、震えている声。太一には聞き取れなかった。
彼女自身、何故こういう行動に出たのかは分からない。けれど、そうしなければいけないのだ、と脳内が己を刺激する。自分も、空とピヨモンは助けたい。それができるのは、進化するパートナーを持っている太一やヤマトだけだということも分かっている。けれど、頭の中を蝕む小さな菌のようなものが、それを抑制していた。
「空さあんっ!ピヨモーン!」
ミミの悲鳴に似た声が、栞と太一の耳に届いた。2人は急いで後ろを振り返る。
ピヨモンのすぐ後ろにメラモンの姿があるのを、彼らの瞳は捉えた。
「ピヨモーンッ!!」
空の悲痛な声が、二人の耳に届いた。太一は、ヤマトの隣まで行った。ヤマトの視線は、ずっと栞を射ていたが、それを彼女が気づくことはない。太一の後ろ姿を見送って、栞はただ俯く。少しいらだっていた太一───彼は怒ってしまっただろうか。
「…栞、」
「イヴモン…」
「顔あげテ。…栞が正シいと思ウことガ、この世界ノ絶対なンだヨ?」
「……う、ん」
空返事なのを感じ取ったイヴモンは、小さく苦笑した
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