「ありがとう、空…」


 ピヨモンの声に、栞は俯いていた顔を持ち上げた。視界のど真ん中に、ピヨモンを抱きしめる空の姿が映った。無事だったのか、と安堵の息をついたのもつかの間、視界の端に何かが映った。
 …メラモンだ。


「空…!!」


 空とピヨモンが危ない。傷付けられてしまう。


―――……真田さん、私とペア組みましょう。
(はじめて、声をかけてくれたとき)
―――……栞ちゃんって、ピアノやっているの?
(何かの冗談かと思った)
―――……一緒にキャンプ行かない?楽しいわよ!
(でも、空は友達になってくれた)
―――……栞!
(空がいてくれたから、がんばれた)


 太一のことで不安なことは、すっかり頭の中から抜け落ちた。
 教室で見ていた空は明るくて、笑顔で、誰から好かれる女の子だった。優しくて、しっかりしていたこんな自分にも声をかけてくれた。今、目の真ん中にうつる空は、泣いていた。
 栞は、掌を開いた。この手で、何ができるだろうか。守れるものが、あるのだろうか。


「今度はあたしが空を守る!」


 ピヨモンが、飛んだ。メラモンの前に躍り出ながら、マジカルファイヤーを繰り出した。傷付いた身体で出すその力は、とても儚く、とても脆弱だった。多少はダメージを与えるものの、炎は逆にメラモンに吸収されていく。


「…私、が…」


 栞は掌を、ぎゅと握りしめた。光が、手の内から溢れだしたような気がした。
 太一と光子郎が走り出す。その後を追ったのはヤマトや丈ではなく、栞だった。ほとんど無意識で走り出した。ちょうど、メラモンの手から炎が溢れ出るところだった。


「バーニングフィスト!!」
「うわあッ!!」


 メラモンのバーニングフィストは、ピヨモンの身体に直撃し、小さな身体が空を舞う。痛々しげにピヨモンの身体は、落ちていく。


「空…ッ!」
「栞…!ピヨモンがっ!」


 膝を地面につけて、今にも泣きそうな空に駆け寄り、同じように膝をついた。地面の上で固く握りしめられた拳に、労るように触れる。いつもとは違う弱々しい空を見てか、太一は目を丸くさせてから、声を張り上げた。


「おい!みんなもピヨモンを応援するんだ!」
「ククク…」


 メラモンの声は、地から舞い上がってくるような低い声だった。栞は自分の身体が震えるのが分かったが、それ以上に空の固い拳を開かせたくて、ずっと彼女の拳を握りしめていた。
 アグモンのベビーフレイム、テントモンのプチサンダー、ガブモンのプチファイヤー、パタモンのエアーショット。次々に技が繰り出されるが、メラモンに効く様子はない。


「どんどん大きくなってる…!」
「オレは燃えてるんだぜ!」


 困惑する子供たちの中で、栞の頭の中にはまたデータが送り込まれてくる。冷静に膨大なデータを処理した。もはや、栞の頭の中はパンク寸前だった。しかし脳内だけが別次元にあるかのように感じる。彼女の頭は、“守人”そのものだった。


「エネルギーを吸収させるだけだよ…、メラモンに炎は効かないの…」
「なんだって!?くそっ!」
「ああ…っ、もうだめだ!」


 子供たちの悲痛な声を耳にしながら、栞は拳に力を込めた。――ダメなんかじゃない!そう返したかったけれど、それほどの勇気が彼女にはなかった。戸惑う子供たちを見ながら、何かを確かめるように手を開いた。


―――…しゃらん。


 不意に、頭の中で鈴の音が鳴り響く。ああ、この音は、ピヨモンの音色だ。鮮やかなピンク色の、愛らしい音色。無意識のうちに学習したそれを離さないというように、目を1回強く瞑ってから開眼する。


―――…しゃらん、しゃらららん。


 座り込む空の肩に手を触れ、自分のデジヴァイスを強く握った。(おねがい)(かのじょのねがいを)(かのじょにちからを)空のデジヴァイスから、栞の身体から光が溢れ出す。


「う…」


 ピヨモンは、暖かい光に気づき、起き上がった。その光を求め、振り返る。その先には、大好きな彼女がいた。


「…空…」


 ピヨモンの中で、膨大な力が芽生え始めた。それに伴い身体の傷がどんどん癒えていく。守人の光と、パートナーの光。それはデジモンたちにとって、一番の安らぎだった。


(どうしたの、空)


 座り込む空。泣いている空。


(あたし、あたしが守らなきゃ、)


 空の笑顔が、見たい。空の優しい声が、聞きたい。空と出会うために生まれてきた。己の使命は、己の役目は空を守るんだから、こんなところで倒れてたまるものか!――目には闘志を、拳には願いを込め、ピヨモンは立ち上がった。


「…『バードラモン』」


 栞が呟いた声に、データは反応する。ピヨモンの身体が、光り輝いた。
 ピヨモンと栞にありとあらゆるその情報は素早く頭の中で整理され、必要な情報だけがたたき出される。一つ一つは小さな情報の輝きが、集まって流れとなり、ある一点を目指した。輝きの奔流は螺旋となって、表に見えないピヨモンを構成するデータの上に降り注ぐ。形態情報が瞬時に書き換えられ、質量までも呼び込み、炎のような光とともに変化した。

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