「何か見つかったかぁ?」
「そうじゃないんだ!早く逃げろ、アンドロモンが!」


 叫びながら、太一は栞を視界に入れた。アンドロモンが追ってきている、狙われているのは―――彼女だ。当の本人は目をぱちぱちと瞬かせ、太一たちの動向を見つめている。それから自然な動きで、ぎゅ、とペンダントを握りしめた。


「アンドロモン…?―――うわあっ!」


 ヤマトが声に重なり、地響きとともに地面が割れた。ミミの悲鳴を受けながら、アンドロモンが現れる。


―――…… ア ン ド ロ モ ン ?


 黒く淀みで満たしている瞳を見て、栞の動きが止まった。ペンダントを握る手を、ぶらりと下にさげる。灰色の瞳は、同じような色をもったデジモンをただ見ていた。
 他の子供たちが逃げる中で、ただ彼女だけがそこにいる。目を見開いたまま、ただ見据えるは大きな機械のアンドロモン。


「シンニュウシャ、ホソク!ガトリングミサイル!」
「栞っ!」
「栞さんっ!」
「栞、はやく逃げて!」


 金切り声にも似た悲鳴で、空とミミが一斉に叫んだ。太一は拳を握りしめる。


―――……やはり、やはり狙いは栞だったのか!?


 気づいたいたのに――後悔の念が立つより先に、動かなければいけなかった。確実にあのミサイルの先端が狙うのは、栞だ。あの優しい笑顔が、見れなくなるのは、いやだ。しかし太一が駆けるよりももっと早く、ヤマトが反応した。


「――ガブモン!」
「ボクに任せて!ガブモン進化!――ガルルモン!!」

(あ…光が、)


 ヤマトの腰につけられたデジヴァイスが、先ほど自分のデジヴァイスが光ったよりも更に強く発光しているのを光子郎は見た。それから再び己のデジヴァイスに目を向け、何の兆しもないことに、ふるっと首を振った。今は下手なことを考えている時ではない。ガトリングミサイルの先には栞がいる――ガルルモンの大きな前足が、それを遮った。ばんっと大きく天井に叩きつけ、一安心…と胸をおろしかけたが、そうも上手くいかない。そのミサイルは、上空で方向を回転し、太一たちに標準を変えた。


「うわっ、わっ!どうしよう、太一!」
「進化しかないだろ!!アグモン進化だ!!」
「うん、分かった太一!アグモン進化!───グレイモン!!」


 やはり、デジヴァイスは眩く光りをもたらした。グレイモンはその大きな尻尾で、ミサイルを叩きつけた。ミサイルの完敗だった。グレイモンとガルルモンはじりじりとアンドロモンを追い詰める。しかし瞳に光を持たぬアンドロモンは危機感すら持っていないようだった。ここにいては子どもたちと巻き添えにしかねないとアイコンタクトで判断した二匹は、アンドロモンとともに一気に下の階層へとおりた。その隙を見て、空はサッカーで鍛えた跳躍力で栞のもとへと駆けより、その手を強く握りしめた。


「何してるのよ、栞!危ないでしょっ?!」
「……、」
「…栞?」


 彼女の瞳と空の瞳が混じり合うことはなかった。彼女はただ、アンドロモンを見ている。空はもう一度栞と名前を呼ぶ。栞は、やはり口を閉ざしたままだった。


―――…… ア ン ド ロ モ ン 。


 三匹のデジモンの熾烈な戦いが続いた。時折鈍い音が聞こえ、子供たちは目を瞑った。今まで想像もし得ないほどに過酷な戦いだった。テレビの奥底の話が、現実に叩きつけられている。彼等は、デジモンたちに守られる無力な存在である。ただ己を守ろうとするデジモンたちを応援することしか出来ない。そんなもどかしさに拳を握りしめた。


「パワー、スピード、どれを取っても私たちのデジモンよりレベルが上だわ!」
「どうやったら勝てるんだよ…!」


 苦しげに吐き捨てられた言葉に、栞は小さく自分の右手を見つめた。灯ることのない光。かつて、この手は、愛するためにあった。同じように左手を見つめる。こちらの手は、守るために合った。そして、両の手を握りしめる。


「わたしのては、だきしめるために、あった」


 栞が小さく呟いた。その視線がグレイモン、ガルルモン、アンドロモンへと注がれる。寂しさを含んだような瞳は、灰色の光を放っていた。誰もが彼女の手へと視線を送る。その手からは、何故か暖かさが溢れているような気がした。


「けれど、この手で、抱きしめられないものも、あった」


 そ、と視線を落とす。声も、表情も、そこにいるのは確かに栞だった。けれどいつもの栞よりも、そこにいる栞は神聖なオーラを纏っていた。


「彼は、優しい子だから」


 祈るように、両手を組んだ。


「たすけて、あげて」


 その視線が、再びアンドロモンへと注がれた。

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