「ねェ光子郎、さっきの部屋デ見たプログラムって何だっタのかナ?」
「え?」


 ふわりふわり、とイヴモンは光子郎の面前まで舞い降りて、いたずらに笑って見せた。釣り上がった空色の瞳は丸く円を描く。ヒントを与えるように、飄々と舞い散る姿は、どこぞの童話の中の猫のようだった。


「イヴモンの言うとおり、そうやで、光子郎はん!」


 テントモンもイヴモンに同調するよう、跳ね上がった。光子郎は考える。でも先ほどのプログラムは、テントモンに害を成したはずだ。彼は熱がったのだから、それはウイルスか何かかもしれない。戸惑う光子郎は、 ちらりと栞を見た。彼女の視線も、ふと光子郎へと注がれ、二人の瞳は混ざり合う。どくん、と胸が鳴り、顔を背ける。彼女の涙を、不本意ながら先ほど見てしまった。何故かはわからないが、もう二度と見たくないと思った。誰かが傷つけば、優しくて泣き虫な彼女のことだ、すぐに泣いてしまうのだろう。今一度、テントモンへと視線を変えた。彼は、まっすぐな瞳で、光子郎を見ていた。


「みんなを守るため、光子郎はんを守るためや」
「…いいのか」
「はいな!」


 光子郎は熱いテントモんの思いのまま、パソコンを立ち上げ、先ほどのプログラムを呼び起こす。キーボードを打つ音が早まり、一度大きくキーを打つ音が聞こえた。途端に、テントモンの身体の線が黄色く輝いた。先ほどの青色とは違うのだが、唸るテントモンが可哀想で――否、今はそのようなことを言っている場合ではない。デジヴァイスの光が、彼の理性を止める。


―――……しゃん、しゃらん、しゃらららん!


 いつになく激しくなり渡る鈴の音に、栞は目を瞑った。


「…進化」


 少しだけ弾む栞の言葉に、目をぱちぱちとしたのはタケルとパタモンだった。幾たびもここに来てからというもの、その光を目の当たりにしてきた。また新しいデジモンと、出会う事ができる。小さな出会いへの、慶びでもあった。
 幾重にも蓄積された膨大なデータは、栞の頭の中で書き換えられ、『テントモン』という光に向かって走り出した。2進数の世界の中で、1と0だけで構成される『テントモン』という存在。それを導き出すのは紛れもない、彼らパートナーだった。栞はその手助けをするだけである。“…おいで。こっちだよ。”叩きだされては、追い出されていくデータの中で、栞は『彼』が迷子にならぬよう、手を引っ張ってあげる。そうすることで、『彼』は、正解なる存在へと姿を変える。


「テントモン進化!――カブテリモン!!」


 迷っていた存在が、光につつまれ、姿を変えた。それは大きな虫の形をした、デジモンだった。『彼』は一度だけ光子郎へと視線を送り、アンドロモンのもとへと羽ばたいていく。その背中は、とてもたくましい。


「…栞?」


 太一がそっと問う。いや、彼女は栞ではない。それでもその姿は栞そのもので、太一は眉を寄せた。


「おまえは、」
「『私』は栞だよ。他の何者でも、ない」
「けど、おまえは!」
「『私』も『栞』。『栞』も『私』。お互いが、同じ存在だから」


 幼さを残す声に、大人びた口調はあまりにも似合わなかった。そう話している間にも、アンドロモンの攻撃はガルルモンとグレイモンに当たっている。視線がゆっくりと三匹に向けられ、それからアンドロモンの右足にも注がれた。
 二匹の悲痛な声と、攻撃が当たった時の鈍い音に丈は思わず拳をにぎりしめた。


「くそォ…アンドロモンに弱点はないのか…!」
「弱点…」


 弱点。もう一度光子郎は呟いて、栞の視線の先を辿った。すべてを見透かすような灰色の瞳で、アンドロモンの右足を見ている。――右足?電流がバチバチと流れていて、壊れている。


「そうか…!」


 光子郎は、上空でアンドロモンのガトリングミサイルを受けているカブテリモンに向かって言った。


「カブテリモン!!右足だ!アンドロモンの右足をねらえ!」


 栞は優しく微笑んだ。いつものような幼い笑顔ではない。大人びた、それでいて儚い印象を与える笑みだった。

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