「いやーっ!キャーっ!」


 パルモンに引っ張られたミミは逃げ出すが、その後を大群のヌメモンが追いかける。


「あ、あんなにたくさん…」


 ドドドッ、という地響きのような音が、近くで聞こえる。あんなにたくさんのヌメモンが追いかけてくることは、ある意味恐怖だ。栞は、胸元のペンダントを握りしめた。


「栞、何してるの!早く!」
「えっ、あ、うん、!」


 空の声に、栞は握りしめていた手をほどいた。
 振り返りながら、全員で走るがそれでは効率が悪かった。全員で逃げれば逃げるほど、ヌメモンたちも同じように全員で追いかけてくるのだ。


「別れて逃げよう!」


 これではキリがないとヤマトが大きな声で叫ぶ。「わかった!」最初に太一がその意見に賛同した。そうすると固まっていた子供たちは、一斉にあちらこちらに散らばった。どうしよう。一人じゃ、無理だよ。おろおろと、全員が別れていくのを見ていると、イヴモンが栞の頭をぽか、と叩いた。


「何シてるノ!早ク!」


 力強い瞳。あ、と栞は心の底からほっとするのを感じた。一人じゃ、なかった。栞は嬉しさを隠すために、変な笑い方をしてしまったけれど、それでも、よかった。イヴモンの背中を追いかけ、栞はただ走った。苦しかったけれど、苦しくなんて、なかった。
 走り抜けた先にあったのは、鬱蒼と茂る森だった。一本の大きな木に手をついて、大きく息を吸い込んだ。一拍おいてから後ろを振り返り、ヌメモンたちが追ってこないのを確認して、栞は更に荒い息を吐く。汗が流れてくるのさえも否めない。木に寄りかかり、どかりと座り込んだ。イヴモンが彼女の目の前をふよふよと浮き、大丈夫かと問いかけられたので、栞は小さく頷いた。


「みんなは大丈夫かな…?」
「うーン…。あンマり栞を不安ニさせルことハ云イたくナいンだけド。…黒い歯車ノ、気配ガするンダ」
「黒い、歯車…」


 優しいメラモンやアンドロモンの心を蝕んだ、黒き闇の歯車。
 隠されていたものは、ゆっくりと溶かされていく。まるで水の中に入れた氷のように、小さくカランと音を立てて静かに溶けた。
 彼は栞の周りを旋回しながら、やがてゆっくりと膝におりた。


「オモチャのまちガアるんダ」
「おもちゃのまち…?」


 復唱すると、イヴモンはその通りだと言わんばかりににっこりと笑う。木の陰に座り込むと、涼しくて、すっと汗が引いていくのが分かる。風が、彼女の頬を撫でつけた。


―――…きを、つけろ。


「え…?」


 穏やかな風に乗り、小さな声が聞こえた。栞はきょとりと目を瞬かせ、――それからペンダントを抑えた。無意識のうちに、怖いものを拒んだ。何かがくる。大きなものが、彼女を襲いにやってくる。


「大丈夫」
「…っ、」
「大丈夫。ここに、僕がいるから」


 穏やかな声は、栞を恐怖から解き放つくらいの安定感を保っていた。ゆっくりと目を開ければ、目の前にいつもと変わらない姿の彼がいた。少しだけ泣きそうになるのをこらえて、その前を見た。ずきり、と頭が痛む。大きなくまのぬいぐるみのようなデジモンがいた。あれは、こわい。あれは、だめだ。直感で栞はそのデジモンを拒む。瞳を逸らそうと下を向くと、イヴモンが小さな身体でデジモンの前にそびえ立つ。小さいのに、誰よりも大きな背中に見えた。栞は、ペンダントから手を離した。

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