019 人は時として
気づいた時には、もんざえモンの姿はなくて、栞はほっとした。
イヴモンを見れば、彼は穏やかな笑みを浮かべてくれた。穏やかで優しい雰囲気はいつもと変わらず、そこに浮いていた。
「気ヅいたヨネ、栞」
「…、」
「アの背中の歯車ニ」
無造作に、こくんと頷いた。背中から放出されていた、どす黒い感情。考えただけでも、頭が痛くなる。
「メラモンやアンドロモンと、同じ…歯車」
「うン、きっトソうダ。アノ歯車ノせいデ、彼等と同ジようニ、ユガメられテしまッたのカモしれなイ」
「あれは、…怖いね」
「ソウだネ。…サァ行こウ、栞。モシかしたラ、ミンナもうオモチャのまちニ行ッてルかモ」
行こうよ、とどこから出したのか分からないくらい小さな手を差し伸べられた。それに捕まることは出来ないけれど、栞は大きく頷いて歩き出した。
森を抜け、イヴモンと二人で歩くこと数分、おもちゃのまちに辿り着いた。おもちゃのまちだなんて、愛らしい名前をしているのにも関わらず、空気が冷たい。栞は思わず自分自身を抱きしめて、震えた。
「ここがおもちゃのまち…なの?」
「そうダヨ。今は――誰モいなイみたいだケド…」
栞は思わずきょろりと回りを見回した。彼女の視界が及ぶ範囲でも、誰かがいるのは見受けられなかった。
「トリあえズ、…歩イてみヨ?」
「…うん」
「大丈夫。辿りつク先はミンナ同ジだカラ」
ね、と優しく微笑まれて、栞は小さく頷いた。
誰もいないのがとても不安だったけれど、隣にイヴモンがいるだけで、心を強く持てる気がした。
「あの…さっきの、もんざえモン、はどうして急にいなくなったの…?」
「歯車ノせいダとオもうヨ。歯車ガあルせいデ、栞が放った光ニ耐えラれなクナったんダ」
「私の、光?」
「たぶン、意識して出すモノじゃナいカラ、気ヅかないダろうケどネ」
二人で辺りを探りながら歩いて行くと、可愛らしい造りの建物がずらりと並んでいることに気づいた。
「外国みたい」
「ガイコク?」
「うん。かわいいね」
レンガ造りで、どこかの街に迷いこんだみたいだと思って、考えを打ち切る。迷い込んだというのが、あながち間違えではないので、首を振る。
「ねェ、栞。アレ、ミミとパルモンじャなイ?」
「…え、あ…!」
じーっとある一点を見つめていたイヴモンは、急にそう言った。栞は慌てて首を九十度回転させるように後ろを向く。ふわふわの色素の薄い髪、テンガロンハット。植物のようなデジモン。栞は目を丸くさせ、一つの建物に近づいた。間違いなく、ミミとパルモンだ。
「太刀川さん、パルモン!」
急いで中に入ると、ミミは大きな目を瞬かせた。栞もほっと胸をなでおろす。この後先ずっと全員に会えなかったら、と不安感を抱いていたのだ。
「栞さぁああんっ!」
ミミは栞のもとへと駆け寄り、両手で肩をがしっと掴んだ。びくりと栞が身体を揺らすのも気にしないようで、そのまま上下に揺らす。
「よかったわ!栞さんはおもちゃにならなかったのね!」
「う、わ…!お、落ちついて太刀川さん、!おもちゃ、って?」
「え?栞さん、見なかったの?太一さんとか空さんとか、みんなもんざえモンっていうデジモンにおもちゃにされちゃったのよ!」
栞は目をパチパチと瞬かせ、きょとりと首をかしげる。ミミは興奮しているようで、説明は大事な部分を省いてしまっている。視線をパルモンへと向けると、彼女は事細かく説明してくれた。そして彼女たちの前に置かれている箱の中に、アグモンたちがいることも教えてくれた。
「…おもちゃ…か」
先ほどのもんざえモンの瞳を思い出し、少しだけ身震いをする。
「あ、でも、太刀川さんは無事だったんだね…。よかった…」
「私はヌメモンが助けてくれたのよ。それより…ねえ。前から気になっていたんだけど、その太刀川さんって言うのやめて。栞さんの方が年上じゃない」
「え、で、でも…」
「私のことも名前で呼んで!」
「え、と…ミ、ミミ、ちゃん?」
言うや否や栞は照れくさくなり、俯いた。ミミは花も恥じらうような笑顔を向けていた。仲間意識の薄かったミミでも、これだけ一緒に冒険していればそういったものも芽生えてくる。そうなった時、自分だけ仲間はずれに見えて嫌だった。みんなは名前で呼んでくれている。栞からだけ名前で呼ばれないのは嫌だった。
「それよりも、はやくもんざえモンを倒してくれよ!」
ガタガタ、と箱が揺れ、栞ははっとする。恥ずかしがっている場合じゃない。
「も、もんざえモンを、私たちで倒す…」
「そうだ!」
「えーッ!無理よ!」
復唱した言葉に、アグモンらしき声は大きく頷いた。ミミは顔をくしゃりと歪んだ。
確か、もんざえモンは、アンドロモンと同じく完全体。それに対し、イヴモンとパルモンは成長期だ。成熟期に進化出来るアグモンたちは箱に詰められたままで、パートナーはおもちゃにされている。栞の表情が暗くなる。試練を与えられているようだとも思った。顔をあげ、後ろを振り返った。ちょうど、窓の外を空が歪んだ笑みを浮かべたまま走っていくのが見えた。――あんな顔、させたままでいいのか。
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