「…あれ、あの子…」
「…?」
「何、してるんだろう…」
その時だった。
栞の視線が、前方に向けられた。おそらくは独り言だろうが、そんなにでかい独り言をされてはこちらも気になってしまう。ちらりと、彼女の目線をたどって、同じように前を向いた。
「――タケル、!」
瞬間、ヤマトはかたんと包丁を置いて、飛び出していた。
「い、石田くん…?」
栞が自分の名前を呼んだ声が、遠くに聞こえた。それくらいのスピードでヤマトは駆け出した。きょろきょろとあたりを見回している小さな少年の肩を掴んで、視線を合わせようと屈む――タケル。高石タケル。名字こそ違うが、れっきとした彼の弟だった。
「タケル!何してるんだ、危ないだろ!」
明らか何かを探していて、どこかへ足を踏み出そうとする。まだ小学二年生なので、しかも親には自分が責任持つ、と言って連れ出してきたので何かあっては大変だ。
「だって暇なんだもん。ねえお兄ちゃん、ちょっとあっち行ってきてもいい?」
「あぶないからだめだ。おまえに何か合ったら…」
「大丈夫だよ、僕も男の子だもん!」
にっこりと笑うタケルに、ヤマトは言葉もでない。「ねえ、お兄ちゃんも一緒に行こうよ」とニコニコ笑って自分の服の裾を掴んだ―その時だった。びゅう、と言う生ぬるい突風がキャンプ場に襲い掛かったのは。
「うわっ!」
「おにいちゃ、ぼ、帽子が!」
タケルは緑色の帽子を被っていた。その帽子が突風によって飛ばされそうになっている。タケルも必死に抑えているが、その小さな両手では抑えきれないのだろう。今にも飛ばされそうなのが、それを物語っている。
まるで、誰かが操作をしているかのように、巧みな動きだった。
「うわあっ!帽子っ!」
ついに帽子はタケルの頭を離れ、風に乗り、どこかへと飛んでしまったみたいだ。呆気にとられ、その様子を見つめる。とたんに、風がぴたりと吹き止んだ。
「な、なんだったんだよ、あの風―」
「お兄ちゃん、帽子、僕の帽子が…」
「…っタケル、あっちに飛んでいっただろ?探しに行くぞ!」
「え、でもお兄ちゃん…」
「いいから!」
大事な弟の帽子が無くなってしまうのは心苦しかった。あの帽子は、父と母が離婚するまえ、父にタケルが買って貰った少しサイズの大きい帽子だった。そのことを幼い乍らにして分かっているのだろう。泣きそうな顔の弟を見て、ヤマトは手を差し出す。
「ほら」
「…うんっ!」
途端に笑顔になったタケルの手を取って、帽子が飛んでいった方向へと走った。
それが、あの祠の方向だということを、彼はまだ気付いていなかった。それは、誰が決めた偶然なのか。それが、彼やタケルが、そして彼女がデジタルワールドに行くはずの祠に行くきっかけとなることを、ヤマトはまだ知らない。
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