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「何度も同じこと言わせるなよな!」
「駄目だ、危険すぎる!」
「考えてたってしょうがないだろ!?」
「俺は少しは考えろって言ってんだよ!」


 栞は二人の怒鳴り声に、びくりと肩を揺らした。
 夕飯の後、思わず泣いてしまったのが恥ずかしくなり、イヴモンと二人で少し離れた場所にいた。そろそろ暗くなってきたからみんなのところに帰ろうというイヴモンの言葉に素直に頷いた栞は、少しゆっくり目に歩きながらみんなのところまで来た。そうして帰ってきたら、太一とヤマトが何かを討論している。二人ともが熱くなっているようで、口調が荒い。『怒鳴り声』が苦手な栞にとって、再び涙が出そうになった。


「何もめてるんだ?」


 栞と同じように頭を冷やした丈が、呆れたように二人を傍観している子供たちに尋ねる。その問いに答えたのは光子郎で、やっぱり呆れたように肩を竦め、それから前方にそびえ立つ山を指さした。


「ムゲン、マウンテン…?」


 ふ、と頭の中で浮かんだ単語は栞の口から滑り出ていた。なぜ自分は知っているのだろう───はっとした時には光子郎が栞を振り返り、そうだと頷いた。


「そのムゲンマウンテンに行くか行かないかでもめてるんです」
「ムゲン…マウンテン?」
「あの大きな山のことや!」


 バックに星空を背負い、ムゲンマウンテンは高く居座っていた。


「太一はあそこに行けば全体が見渡せるって…」
「うん、確かに!あのくらい高い山なら全体を見渡せる!」
「でもヤマトは危険だからって反対してるのよ」
「あの山にハ、凶暴なデジモンがたくさんイるからネ」
「ふーん、なるほど…。それは危険だ…」


 どちらの言うことも理に適っている。丈はふむふむと頷き、ムゲンマウンテンを見上げた。


「それで言い争ってるの…?」
「そうよ、さっきからずっと」


 ぎゅ、と再びペンダントを握ると、空は苦笑を漏らした。


「大丈夫。太一とヤマトくんは何だかんだ言ってみんなのこと一番に考えてるだけだから」
「それは、分かってる、けど」
「二人とも男の子だもの。私もいやだけど、ぶつかるのってしょうがないわよ」


 だから大丈夫と空は、固く握りしめられた栞の手を緩くほどいてくれた。暖かい手が重なると、なんだかほっとする。ゆっくりと口に浮かんだ笑みに、ふふ、と腕の中のイヴモンも笑ってくれた。


「そんな逃げ腰じゃラチがあかないだろ!」
「お前の無鉄砲に付き合わせて、みんなを危険にさらすつもりかよ!」
「何だと!?」


 丈はしどろもどろしながら、隣の栞を見下ろした。大丈夫だと空に言われて随分と落ち着いたようだったが、まだ不安気に太一とヤマトの両方を見ている。先ほどは自分のせいで泣かせてしまった。
 止めなきゃ、だめだ。自分は最年長なんだし、それに。
 もう、彼女の涙は見たくない。


「待ってくれよ、二人とも!まずは落ち着いて話し合おう!」


 半ば命がけで二人の間に割ってはいると、太一は拗ねたようにそっぽを向き、ヤマトは腕を組みながら眉を寄せた。


「…じゃあ丈はどう思う?」
「…え?あ、ああ…。太一の言ってることは正しいよ…。あれに登ればこれからの指針になると思うし」
「ほら見ろ!」


 勝ち誇った太一に釘を打つように、丈は言葉を続ける。


「だけど、ヤマトの言うことももっともだ!みんなを危険にさらしてまであの山に登る意味があるのか…というと、うーん…」
「だからともかく行けるところまで行こうぜ!」


 どちらかはっきりしない丈に、先に痺れを切らしたのは太一だった。苛立ちながらわめき散らせば、栞は空の手を強く握った。その力があまりにも強くて、空は少しだけ顔をしかめ、栞を見た。顔面蒼白とまではいかないが、それに近い顔色をしている。全く、と空は1つだけため息をついた。それは栞に対してではなく、デリカシーというものがまるでない男たちに対してだ。


「だから違うって言ってるだろ!」
「待てよ!落ち着けよ!」
「なんだよ、熱くなってるのは丈の方だろ!」
「僕は君たちを止めようと…」
「だから行けばいいんだよ!」
「何でそうなるんだ!」
「聞けよ、僕の話も!」

「ストーップ!三人ともいい加減にしてよ!」


 そこでようやく太一とヤマトは栞の存在に気づいた。唇をきゅと結び、泣きそうな顔で俯いている。そんな顔が見たくなくて、二人は罰が悪そうに顔を背けた。


「今日のところはもう遅いし、続きはまた明日にしよう。みんなのこと心配してる当人達が心配かけてどうするのよ、全く…」


 『心配かけて』――空はその部分を特に強調して言った。二人の視線が泳いでいることくらいお見通しで、ぐいっと腕を引っぱると寝床まで引っぱっていった。その際太一が離せとかヤマトがやめろとか言っていたが、そんなのおかまいなしのようだった。
 その後を光子郎とミミ、タケル、そしてデジモンたちがついていく。
 栞は右手で少しだけ零れてきた涙を拭ってから前を見て、そしてなぜか悲しくなった。――ざわめきが消えていく中、そこに1人立ちすくむ丈の姿があったからだ。そして、そんな彼をだまって見つめる、ゴマモンの姿があったからだ。
 声をかけることもできず、ただその姿たちを見ているだけしかできなかった。


17/07/25 訂正
10/10/28 - 10/11/08 訂正

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