023 酸素の必要性




(何も出来なかった…。喧嘩を止めるどころか僕まで逆上して…こんなんじゃだめだ…。僕がしっかりしないと。僕がみんなをまとめなくちゃいけないんだ…)


 寝静まる中、丈は1つの決意を胸に立ち上がった。


(僕が…。みんなのために僕が行かなければ!)


 バックを肩からかけ、眉間に皺を寄せ、準備満タンの丈だが実は内心は不安だらけだった。1人で凶暴なデジモンが住む山に行くとなると、それ相応のリスクを負わなければいけない。怪我で済んだら幸い、もしかしたら死に至ることだってあるかもしれない。考えれば考えるほど、寒気が止まらず、がたがた震えるのを抑えられない。


「あーあ、カッコつけちゃって。1人であの山に行くつもりかい?」
「ゴマモン?」
「止めても無駄だぞ!」
「…だろうね…」


 にやりと笑ったゴマモンの顔は、丈を不快にさせるだけだった。ふん、と鼻を離して丈は歩き出す。その後をちょこまかちょこまかゴマモンはついてきた。


「ついて来るな!僕は1人で行く!」
「オイラもあの山に用があるんだ」


 そんなことを言っていても、本当は丈のことが心配だった。自分は丈のパートナーデジモンだから、丈を危険な目に遭わすわけにはいかない。しかしゴマモンは表情を隠すのが得意なので、再びにやりと笑えば、丈は簡単に騙されてくれた。


「勝手にしろ!」
「素直じゃないな…。1人じゃ心細かったんだろ?」
「バカ言うな!」


 先ほど太一とヤマトが言い争っている場所まで来て、丈は目を見開いた。


「あれ、…栞くん?」


 名を呼ばれ、少女は振り返る。黒い髪が、月の光を浴びて、ふわりと浮かんだ。
 いつもより優しく輝く灰色の瞳は、ただ丈を見ていた。


「こんなところで、何して…」


 慈悲に溢れた瞳は見慣れた顔は、少しだけ微笑むと踵を返し、丈の横をすり抜けていった。まるで風のように優しく、まるでガラスのように儚い存在。――丈はその後ろ姿を括目してから、決意を握りしめ、ムゲンマウンテンを目指した。


★ ★ ★




 朝、栞が目を覚めると、何だか周りが慌ただしかった。目を擦り、目の前までやってきたタケルの姿をぼーっと見ていると、勢いよく肩を揺さぶられた。


「栞さん起きて、起きて!丈さんがいないんだよ!」
「丈、さんが…?」
「うん…。空さんが言うには、1人でムゲンマウンテンに行っちゃったみたいなんだ!」


 頭の中でゆっくりと整理して、俺が行く、いいや俺も、なんて言い争っている太一とヤマトを視界に入れ、そこでようやく覚醒した。


「丈さん…でも昨日、夜――」


 あれは、夢だったのだろうか。夜風が吹く中、ゴマモンと二人で、ムゲンマウンテンに――。
 ハッとして立ち上がり、外へ出ようとするその姿にイヴモンは首を傾げ声をかけた。


「栞?」
「行かないと…」
「本当ニ行ったノカどうかスら分カらないノニ?」
「だって、昨日の夜、ムゲンマウンテンの方向に歩いて行った!」


 イヴモンは空色の瞳を輝かせて、栞を見上げてきた。断定する物言いに、パチパチと瞬きすれば、その大きな瞳の中に栞が映る。


「栞っ!」


 ふ、と栞が空の方を向けば、イヴモンは顔を俯かせた。それからの彼の表情は誰も知らないが、栞は彼の軽い体を持ち上げて、空の方へと駆けていった。


「私と太一が丈先輩の様子を見てくるわ」
「ヤマトはここでみんなと待っていてくれ。何かあったらみんなを守れよ」
「ああ、分かった」
「だから栞もここでヤマトくんたちと…」


 自分で言った言葉に対し、空はそれではだめだと思ってしまった。
 いつも誰かが1人で事を起こすとき、大抵その者のパートナーデジモンは進化していた。なぜならば子供が危険な目に遭うからだ。太一から始まり、ヤマト、空、光子郎、ミミと来ている。そして今、丈が1人でムゲンマウンテンに行っているのであれば、きっと――、と空は太一を見てから、栞の手を取った。


「え?」
「栞も一緒に行きましょう」
「な、何言ってんだよ、空」


 焦ったのは太一だけではなかったが、空は軽く無視しながら手を強く握る。
 この子がいなければ、だめなんだ。力強い空の瞳はイヴモンと同じように、光り輝いていた。栞に断る理由なんて、ない。だが、戦えない自分がついていっては邪魔になってしまうのではないか。戸惑う栞は他の仲間たちをちらりと見た。


「…で、でも…」
「こっちは僕もミミさんもいますから大丈夫ですよ」
「そうよ、栞さん!パルモンも進化出来るんだから!」
「俺たちのことは気にせず行ってこい」


 温かい言葉が胸にしみわたり、栞は躊躇わず頷いていた。

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