「ごメンね、無理言っテ」
「う、ううん。大丈夫。イヴモンの言うことに、間違いはないから。…私のためを思って、してくれてるから」
「…栞、」
「ピコデビモンの、言葉。信用できないよね」
「僕はソう思ウ。ヤマトが急にそンなコト言うナンて信じラレなイ――…あレ?」


 いつものごとく、宙を浮いていたイヴモンは、ふと立ち止まった。思わずその背に顔をぶつける栞は、ぶつかった衝撃で痛みを覚えた鼻をさすりながら、イヴモンの姿を見て――その先に、人の姿を確認した。


「…あれ、?」


 視界の端でこそこそと動く人物に、見覚えがあった。


「――、空?」


 水色の帽子をかぶった少女は、見間違いなく、空だ。どうして、あんな場所に居るのだろう。小首を傾げ、声をかけようとした時、「食べちゃだめ!」そう空の声が聞こえた。


「…食べちゃ、だめ?一体、何の、」
「あノ、――キノコ。アイツが持っテいタ。…もシかシタら、ワスレキノコ?」
「ワスレキノコ…?名前の通りの、効能なの?」
「一口食べタダけデ、過去のコト全てヲ忘れテシまウキノコだヨ」
「何でそれを――…もしかしたら、自分にとって不都合な記憶を消したかった、から?ヤマトくんのことはやっぱり嘘で…未だヤマトくんやトコモンを信じてるタケルくんの記憶を、――抹消したかった…?」
「恐ラく、その線で合ってルと思ウ。そレナら、色々つじつまも合うしネ」
「早く戻って教えないとっ!」
「――そレはダメ。今、アグモンガ駆ケてッたかラ、このことは2人にも伝わルよ。だから――」
「もし、八神くんやタケルくんに何か合ったらっ!」


 いつの間にか、空の姿は消えていた。イヴモンの言葉の通り、視界の端でアグモンが全力で疾走していく姿も確認された。この場所にはイヴモンと栞が二人きり。 ざわ、と風によって擦れた木々が騒いだ。
 ゆっくりとイヴモンが栞の方を向いた。空色の瞳は、残酷すぎるほどに純粋でまっすぐで、――悪意を知らぬほど、優しかった。


「選ばれし子供は換えが効く。そのうちまた現れる。――でも君は一人きりなんだ――君を失ったら、世界が終る。すなわち、この世界は、跡形もなく消滅する」


 す、と息が冷えた。背中を何とも言い難い感情が通り過ぎて行く。――イヴモンの言葉に、何も言えなかった。


「…僕は君を守るためなら、悪にだってなるよ。君が生きていてくれるなら、例え嫌われようとも残酷なことを言う。――でも覚えててね。僕は、君を守るために、在るってこと」


 ぽたりと、涙が零れ落ちた。泣いていることなど、栞は気づいてすらいない。それくらい、彼女は戸惑っていた。
 彼は一途に、ただひたすらに、栞のことだけを思っていた。しかし栞はそうではない。イヴモンのことだけを思って行動しているわけでも、自分の身の安全を第一に考えて行動するわけでもない。自分よりも『仲間の安全を』優先する。それは人間として当たり前の感情だったり、行動だったりする。時には恐怖が勝って、仲間を見捨ててしまうことだってある。一概にどちらが正しい行動とは言い難いが、人間と言うものは非常に難しく出来ているようで、根本的な部分は大体容易なのかもしれない。しかし、イヴモンにとって、唯一絶対なのは栞だけだ。語弊があるかもしれないが、彼にとって、他の人間と言うものはどちらかと言われれば生きていようがいまいが関係ないのだ。言葉の通り、彼等は『換え』がきくから。


「――ごめんね。君を傷つける気なんて、毛頭なかった」


 なんて、困ったように、彼の方が傷ついた顔で言うから、思わず栞は首を横に振る。その度に涙が溢れたけれど、特に気にすることなんてなかった。


「…とリアえズ、彼らの近くマで行こウ。彼らノ進化の手助けヲしなきゃネ」


 いつものように、少し聞き取りづらい変わったイントネーションに戻ったイヴモンは、優しく微笑んでいた。傷ついた表情なんてしていない。栞は、小さく頷き、先を行く彼の後を追いかけた。

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