声をかけても目を覚ましてくれない両親を見つめ、ヒカリはぽつりとつぶやいた。
「私のせいでこうなったのね」
「私のせいでもある」
「大丈夫よ!」
沈むヒカリとテイルモンの背中に空はきわめて明るく声を投げかけた。「みんな眠っているだけだもん、時間が経てば目を覚ますわ」自身も不安であるだろうに、彼女は自分より年下のヒカリを励ますために、そして自分自身に言い聞かせるようにそうつづけた。
「そうよね、おかあさん…」
「空、」
その背中が、とても小さそうに見えた。
傍にしゃがみこんで、労わるようにその手に触れてみれば、空の肩はぴくりと跳ね、それから弱弱しい笑顔を浮かべた。ありがとう、とそういわれているようだった。その笑顔に胸がちくりと痛んだ。
(だれのせいでもない。強いて言うなら、私のせいだ)
(――私が弱いから)
(…“あの時”、私が―――)
そこまで考えて、首を横に振る。暗い気持ちになると闇を引き寄せてしまう。考えてはだめだ。もっと楽天的に考えなくては。
――その時だった。
カタン、と少し離れた場所から音が聞こえ、子供たちは一気に沈んだ気持ちを持ち直し、臨戦態勢に入る。デジモンたちはそんな子供たちの前に出た。
見覚えのある華奢なシルエットが目にうつる。背丈は己らとさして変わらない。―最後に会ったのは、ずいぶん昔のように感じた。またね、と手を振って別れた。こちらの世界で換算したら、まだいくらも月日は経っていないが。
「笠井、くん…?」
ぽつりと栞はその名を呼んだ。シルエットは、がたりと動いて、彼らの前に姿を現す。呼ばれた彼は、驚いたようにネコ目を見開いて、それから訝しげに子供たちを眺めた。その中に見知った彼女を見つけると、安堵したように息を吐く。
「真田…」
「どうして、」
「本当に、真田、なの…?」
「…う、うん。笠井くん、どうしてここに?」
「…俺にも分からない。この霧で帰れなくなって…霧が晴れるのを待っていたら、急に化け物に襲われたんだ。それで気づいたら、ここに―」
一息にそこまで告げた彼は、栞の周辺に、その化け物と似たような怪獣たちがいることに驚いて身を引いたが、「大丈夫」という栞の言葉に多少びくつきながらも話をつづけた。
「起きたらみんな寝ていて、時折あの化け物たちが入ってくるし、ほんと、俺にも意味が分からないんだ…」
「…そう、なんだ。目が覚めたのは、急に…?」
「………」
お前の声が聞こえた、なんて周りに人がいるいま、気恥ずかしくていえない。笠井は少し口をつぐみ、それからちいさくこくりと頷いた。
「…ピアノの音が聞こえた。そこで目が覚めたんだ」
「ピア、ノ…?」
「…うん。真田の、ピアノの音」
「……あ」
これではまるで告白をしているようだ。何らかの原因で気を失ってしまっていて、深い眠りについてしまっていて、目を覚ますきっかけになったのは君のピアノの音でした、なんて。どこのおとぎ話だ。どこか恥ずかしそうに顔をそむける笠井に、なんとなく栞も恥ずかしくなって俯いた。ごほんと咳払いしたのは父だったが、誰にも気にも止められなかった。
笠井は念のためシンに検診してもらい、やはり正常であることが確認された。
「…知り合いカ。栞と関ワりがあっタ、ピアノっテいう深いカカワリが。きッと栞の力ヲ得ていたンだロう」
「…でも、だったら英士くんや結人くんだって、私、前からのお友達だよ」
「媒体がなカったんダ。キミの力ハ媒体を通シて使われル。ペンダント然り、ピアノ然り。“昔からのお友達”だけでハ、力を与えルことガできなかっタんじゃなイかな?」
「そんな!」
そんなの、役立たずと変わらないじゃないか。思わず大声を出そうになって、唇をぎゅっと結んだ。―ちがう、負に飲み込まれてはいけない。闇に負けてはいけない。そう思っているのに心が深く沈み込む感覚を覚えた。右足が、じゅくじゅくと痛んだ。
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