105 世界ごと君に捧ぐ




 赤い花が咲いていた。それは摘むことを厭われるような、真紅の花。彼女はそれを一つ手にとり、いとも簡単に海へと投げ捨てた。献花だよ、と同じように真っ赤な紅をひいた唇が弧を描く。
 誰に対して?それは――。


★ ★ ★




 ヴァンデモン様、と人々の唱える声が反響する中、空は焦りを隠せないままデジヴァイスを見つめた。

 6時6分6秒。

 ガタン、と音がした。
 空はデジヴァイスを握りしめたまま振り返る。先ほどまで自分を労わるように肩におかれたその手は右足を抑え、家族と微笑ましく笑いながら話していた顔は、苦痛に歪み、短い息を吐きながら、栞がその場に崩れ落ちていった。


「栞!!?」
「…あ、う、ああああああァァ…!!」
「栞、栞っ!!」

「アアア、アアアアアアアアアア、ウアア、ア―――ッ!!!」


 まるで、彼女のものとは思えない獣のような低い咆哮が、彼女の口唇から零れ落ちる。その声が、重なる。二重にも三十にも重なり、それは、ひとつの声になった。同時に彼女の右足から大きな黒い塊が、宙へ浮かび、パチンと音を立てて消えた。

 瞬間、地震でも起こったのかと錯覚するような大きな揺れがビックサイトを襲った。

 ハァ、ハ、ハァと絶えず息を漏らした彼女は、首を何度も何度も横に振る。ごめんなさい、ごめんなさい、と口にしたのは謝罪だった。息も収まらぬまま何度も謝罪を口にする彼女の手を痛いくらい握りしめた。――まるで氷でも触っているかのような、つめたさ。体温が、抜け落ちてしまっているようで。人では、なくなってしまっているようで。空はその体を抱きしめた。


「栞、いいから、大丈夫だから…!」
「でも、あいつが、あいつ、が…!!」
「おねがい、大丈夫だから落ち着いて、おねがいだから!!」
「あいつが、あいつが、戻って、戻ってきた…!!」


 “始めに蝙蝠の群れが空を覆った。続いて人々がアンデッドデジモンの王の名を唱えた。そして時が獣の数字を刻んだとき、アンデッドデジモンの王は獣の正体を現した。”
 ――フジテレビは無残にも破壊され、代わりにその場所にそびえたつのは―――。



「ヴァンデモンが、戻ってきた…!!」



 少女の絹を裂く悲鳴。喘ぐように、栞は叫んだ。
 右足の痛みはすべて消え去ったが、代わりにこの世界にアンデッドデジモンの王を、誕生させてしまった――。

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